ならば、『光琳画譜』が光琳風の扇面画の典拠となっていたとも考えられる。ただし、『光琳画譜』の見所でもあるユーモラスな人物や動物については、あまり積極的に扇面には持ち込まれてはいない。得意である人物や動物などは少なく、あえて扇面には草花を主題に選んでいるのは、扇面という形式を意識した結果かもしれない。形体表現やおおらかな作風という点では『光琳画譜』と扇面には共通性が認められるが、扇面という特殊な画面形式においては、主題は草花を中心とし、「たらし込み」という琳派らしい表現効果を最大限に利用し、存在感のある画面を展開している。また、『光琳画譜』の刊行は、芳中の「光琳風」を普及させる役割を果たしたと考えることができる。『光琳画譜』が自ら絵を描く俳人らの手本的な存在となっていたこともあり（注11）、芳中画が親しみのあるものとして受け入れられていたことを想像させる。芳中が『光琳画譜』を通じて自身の光琳風が一定の評価を得、さらに絵として描く際の技法として琳派の「たらし込み」を徐々に極めていくようになったと考えた場合、その過程を今回の分類と重ね合わせると、到達点としてのAという先ほど述べた仮説が、決して無理な想像とは言い切れなくなってくるだろう。分類を通して今回は扇面画を主に描法、落款・印章、モティーフという観点から比較分類を行ってきた。ここでは9つのグループに分けてみたが、さらに大きい括りで分類する方が全体像として把握しやすくなる面もあるだろうし、厳密な分類を行えばもっと細かい分け方が可能でもある。制作年のわかる作品がほとんどない芳中については、恐らく『光琳画譜』刊行の前から光琳を意識した絵を描くようになり、『光琳画譜』によって「光琳風」と評された。ただ一方で俳画や俳書の挿絵も絶えず描いていたため、『光琳画譜』以降に扇面画が増えたといっても、どの程度の割合をいわゆる光琳風で描いていたのか、またこれだけ多くの扇面が現存している点に着目すると、工房の存在についても考えるべきであるが、これ以上踏み込んで述べるだけの根拠は現段階では示せない。さらには真贋問題も横たわっている。今回いくつか分類した中で、扇面には「芳中冩之」と記すものが多いことが分かった。『光琳画譜』以前の寛政12年（1800）の年記を持つ《宝船大黒図》では、すでに芳中らしいほのぼのとした表情の大黒が描かれているが、この時の署名は「芳中寫之」となっており、同年に出された『徳万歳』や『燭夜文庫』〔図5〕に芳中は挿絵を描いているが、この署名もまた「芳中寫之」となっているほか、文化年間に出され― 358 ―
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