片仮名抄の古活字本『長恨歌抄』(大東急文庫蔵)から、平仮名抄へと移行し、万治・寛文頃(1658〜1672頃)の浅井了意(生年未詳〜1691)筆とされる絵入り平仮名抄の『長恨歌抄』(別名『やうきひ物語』)が出現した(注5)。このような「仮名」に「挿絵」入りの版本という形式によって、近世の長恨歌抄が通俗化、平易化していき、娯楽的読み物と化していった傾向が見て取れる。とくに『長恨歌抄』(別名『やうきひ物語』)は、テクストとイメージの両面で大阪大谷大学所蔵の《長恨歌絵巻》(以下大谷本)の粉本となった、奈良絵制作と密接な関連をもつ重要な版本である(注6)。2.二系統のテクスト奈良絵の絵巻、冊子のなかには、清原宣賢が著した「宣賢抄」とは大きく異なる冒頭の逸話を持つ作品の存在が明らかになった。その代表例がライデン国立民族博物館所蔵の奈良絵本《ちゃうこんか》(以下ライデン本)である(注7)。このライデン本と同系のテクストを持つ奈良絵巻・絵本の主要作品は、次のとおりである(注8)。絵巻:《長恨歌絵巻》三巻(『思文閣古書資料目録』150号掲載)寛文(1661〜1672) 《長恨歌》三巻 九曜文庫蔵(小型巻子本)貞享・元禄(1684〜1703)頃絵本:『ちゃうこんか』三冊 龍谷大学蔵 寛文・延宝(1661〜1681) 『長恨歌』五冊(うち「長恨歌」は三冊か)東洋文庫蔵などがある。一方、大谷本と同系のテクストを持つ奈良絵の絵巻、冊子および、絵入り版本は、次のとおりである。絵巻:《長恨歌》三巻 九曜文庫蔵(大型巻子本)万治・寛文(1658〜1672) 《長恨歌絵巻》三巻 聖徳大学蔵 寛文・延宝(1661〜1681)絵本:『長恨歌』三冊 東洋大学蔵 貞享(1684〜87)『長恨歌』三冊 個人蔵(展覧会図録『絵で楽しむ日本むかし話 お伽草子と絵本の世界』掲載 徳川美術館)などである。これらの作品からは、これまで異本扱いとされてきたライデン本系統のテクストをもつ作品が決して希少なものではなく、大谷本系統の作品と匹敵するほどに制作されていたことを示しているのである。ライデン本系のテクストも大谷本系と同じく、逸話と詩句の注釈からなる二部構成をとっている。しかし特筆すべきは、冒頭逸話の数の多さであり、大谷本系が六であるのに対して、ライデン本はその二倍ちかい十一の逸話からなっている(注9)。冒頭逸話の内容をまとめた〔表〕を見ながら、ライデン本系と大谷本系を対比させて確認していきたい。― 375 ―
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