鹿島美術研究 年報第29号別冊(2012)
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れ、第6扇に向けて次第に草叢の描かれる面積が広く手前に広がって来るように見えるように描かれている。一双で見ると、右隻第4扇から6扇および左隻第1扇から4扇にかけて前列(画面下方)に描かれたハケイトウやシュウカイドウ、ダンドク、オミナエシ、キキョウなどを、後列のハギ、フヨウ、キク、クズ、フキ、アサガオ、ズイキなどの草叢が取り囲むような構図である。草花同士が円陣を組んだような構図については、署名を伴わない「伊年」印草花図群(注1)の一部の作品においても見られたが、京都国立博物館の「草花図襖」(4面)に代表されるように、草花な画面下方から差し出すように描かれ、手前から中心の草花を囲むように描かれていた。伊年印草花図の中でも背景が素地の作品では、草花が並列化される傾向がとくに強くみられるが、相説の作品では余白を意識し、草叢の足元に土坡を描く、あるいは余白で遮るなどの構図の工夫による奥行の表現が試みられており、「四季草花図屏風」(番号20)は好例である。さらにいえば、四季草花ではなく「秋草」で構成されているが、根津美術館の「四季草花図屏風」に比べて草花が整理されておらず、一連の伊年印草花図の定型的な構図でありながら、繰り返し複数の草叢に描かれる草花の種類はさほど多くはない。それにも拘わらず、画面にはところ狭しと草叢が連なり、草叢どうしが自然な連関性をもたされて配置されている。たとえば、右隻第1扇に描かれているトロロアオイ(注2)は左隻第3扇の下方に再度描かれており、右隻第3扇から4扇にかけてさり気なく描かれるフヨウは左隻では第1扇から4扇にかけて上方にとりどりに描かれている。また、右隻第4・5扇の下方に描かれたシュウカイドウは左隻第4扇の下方にも描かれており、右隻第5・6扇の下方に見えるキキョウの群生は左隻第5・6扇にも再び現れる。このような具合に、一見すると一連の「伊年」印草花図の並列的で単調な配置となんら変わり映えのしない構図であると捉えられるかもしれないが、一定の間隔で個々の草叢を文様化したように描くことによる草叢の独立性は抑えられ、むしろ同じ種類の草花がリピートして描かれ、草叢と草叢とが前後して重なるように配置されていることからも全画面に一体感を生じさせている。描法について花弁が幾重にも重なるキクやフヨウ、ムクゲやトロロアオイなどは輪郭線で縁取られているが、その他は没骨法で植物を描いているため、全体的に水彩画のような淡い印象を受ける。しかし、大きな面をもつ葉は、たらし込みをふんだんに使用して立体感を表現し、葉脈には金泥と墨を取り合わせて立体的かつ繊細な表現をしているた― 386 ―

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