鹿島美術研究 年報第29号別冊(2012)
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め、平面的な印象に陥ることはない。先に挙げた色彩の点については、アクセントカラーが際立っている。全体の分量としてはフヨウやアオイやキク、ハギなどの白い花が目立つのだが、ダンドクやキクに見られるビビッドな赤、そして桔梗や朝顔の爽やかな青が目に鮮やかに映る。全体に占める割合が最も多い色彩は、相説の持ち味でもあるが、葉茎を描く墨色とのたらし込みによるくすんだ緑である。相説の描く草花図は、この墨と緑のたらし込みで非常に落ち着いた緑を表現することが特徴のひとつであるが、描かれる草叢の量が多い分だけ、この暗い緑の占める量も増していて全体が渋い様相を呈するのである。こうした中で鮮やかな赤や青の花は、まさに草花の鮮度を蘇らすかのように瑞々しく、画面に生気を与えている。また、手前(画面では下方)の草叢を小さく控えめに描いているのに対し、奥(画面では上方)にある草叢を誇張して描いており、遠近感のバランスが崩れて、視覚的な効果を逆にしているために、奥にあるものと思われる上方に描かれる草花が迫り来るような印象となる。この作品を目の前にしたときの迫力、圧迫感というような感覚はこの描き方に因るものであろう。描かれる植物の種類についてこの「秋草図屏風」に描かれた植物の中で、ほかの秋草を描いたものと比較して、異彩を放っている植物は左隻第1・2扇に描かれた「ダンドク」〔図2〕であろう(注3)。ダンドクはほかに、「柴垣図屏風」(ボストン美術館、番号16)、「秋草図」(番号23)に描かれており、剥落も手伝って前者では赤いキクの後ろにやや控えめに見えるが、後者では画面のほぼ中央に堂々たる様相である。両者の描法を比較すると、ダンドクの葉の独特の葉脈の浮き上がり波打つ質感を前者は墨色を用いて表現しているのに対し、後者はほかの植物の葉脈と同様に金泥による線描で表現している。さらに花弁の部分では、「柴垣図屏風」のダンドクの表現技法は「秋草図屏風」(番号17)に類似している。ダンドクは熱帯アメリカ原産の外来種の植物で、漢字では「檀特」あるいは「曇華」と表記する。大きいものでは2メートルほどにまで成長し、夏に花を咲かせるショウガに似た多年草で、学名は「Canna indica」といい、今日でも花壇などに植えられているのを見かけるカンナの原種のひとつであるらしく、カンナほど花が大きくなくやや地味な印象である。磯野直秀氏による、江戸時代末までに渡来した草花・庭木類を対象に最も古い記載・絵画資料を年表化した「明治前園芸植物渡来年表」によれば、寛文4年(1664)脱稿の『花壇綱目』(水野元勝著)が初出である(注― 387 ―

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