研 究 者:東京藝術大学大学院 美術研究科 博士後期課程 鈴 木 伸 子はじめにロベール・カンパン(1375−1444/1445頃)は、現在のベルギーの都市トゥルネーに工房を構え、「フレマールの画家」と同一視されてきたが(注1)、この画家に関連づけられた「聖三位一体」のパネルは、三点が知られている。まずフランクフルトのシュテーデル美術館に所蔵される作例〔図1〕は、研究史の中でも様式批判の観点から画家の基準作とされている(注2)。また図像学的に見てもこの作例が、父なる神が死せる子を抱く「聖三位一体(父なる神のピエタ/恩寵の御座)」の図像の中で特異な位置を占めていることは、既にパノフスキー、シャトレ、ベフスブルク等に指摘されている(注3)。しかし、失われた祭壇画翼扉外面の一部であったと推定されるこのグリザイユ画は、祭壇画の全体的な図像プログラムが現存しないため、その図像的意味が必ずしも解明されている訳ではない(注4)。これに対して他の二点、すなわち、やはり失われた祭壇画の中央パネル(ルーヴェン市立美術館)〔図2〕(注5)と、聖母子像と組み合わされた二連画(サンクトペテルブルク、エルミタージュ美術館)〔図3〕(注6)の左パネルは、フランクフルトの作例とモティーフの点で共通する図像学的特徴を示しているものの、カンパンの周辺作として位置づけられてきたことから、更なる詳細な検討は加えられてこなかった。本稿はこうした先行研究を踏まえて、三点のパネルをカンパンによる図像学的革新を共有する「聖三位一体」グループとして把握し、この図像が、二連画、祭壇画の翼扉外面、祭壇画中央パネルに描かれた際に、どのような機能と意味を持ち、新たな絵画の中でどのように表されるのかという点について、考察するものである。1.「聖三位一体」の図像伝統具体的な考察を進める前に「聖三位一体」図像について確認しておきたい。「聖三位一体」は本質(実態)として唯一である神が父と子と聖霊という三つの位格(ペルソナ)であるという教義を示すものであり、初期キリスト教時代には幾何学的図像として表された(注7)。「聖三位一体」は次第に具象的表現へ移行し、12世紀には玉座の老人の神が磔刑のキリストを膝の上に抱えその間を聖霊の鳩が飛ぶ表現である「恩寵の御座」が現れた〔図4〕(注8)。そして後期中世に至り、「聖三位一体」は「イ― 406 ― ロベール・カンパンの「聖三位一体/父なる神のピエタ/恩寵の御座」─初期ネーデルラント絵画におけるその位置づけ─
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