もしくは、「聖母の戴冠」や「栄光の聖母」等の主題がキリストの受難に対置される。すなわち、聖史における対立的な出来事が二つのパネルに対として示されたのである。このような図像形式は、《カラントの二連画》(フィレンツェ、バルジェッロ国立博物館)〔図6〕のように、14−15世紀のボヘミア、ドイツ、フランス、ネーデルラントの二連画に引き継がれる(注13)。受難像としての「聖三位一体」と「謙譲の聖母」から構成されるエルミタージュの作例は、それ故、「聖三位一体」や「悲しみの人」による受難と聖母子像による受肉を対幅とした、二連画の伝統的図式に従っていることが分かる(注9)。一方で、聖母の膝の上に抱かれた右パネルの怯えた幼子は怯えたように、何かを見つめている。ケルマーにあるように、幼子キリストが相対した受難像としての「聖三位一体」のキリストに視線を送っていることは、十分に想像し得る。したがって、二連画の伝統的な図像形式に従うならば、エルミタージュの作例が二連画であった可能性は高くなるだろう(注14)。このように、エルミタージュの作例が二連画としての整合性を持つのであれば、エルミタージュの作例における幼子キリストは、ヴィジョンとしての「聖三位一体」を見ていると考え得る。怯えた幼子を抱く「謙譲の聖母」と「聖三位一体」を対面させるエルミタージュの作例は後継者を持たなかった。しかしエルミタージュの作例における「謙譲の聖母」が室内に配置されている点は、後代のネーデルラント絵画で主流となった、室内で半身像の寄進者と聖なる人物が向かい合う、対面型二連画〔図7〕(注15)に繋がる要素として指摘できよう。3.《聖三位一体》(フランクフルト、シュテーデル美術館)フランクフルトの作例〔図1〕は、伝承によれば、やはりシュテーデル美術館に所蔵され、カンパンの作と目される《聖母子》〔図8〕、《聖ヴェロニカ》〔図9〕と共に、リエージュ近郊のフレマール修道院に奉納されていた(注16)。祭壇画全体の再構成案は依然として決着を見ていないものの、外扉に《聖三位一体》、祭壇画内側に《聖母子》と《聖ヴェロニカ》を配置した大規模な多翼祭壇画を構成していたと推測されている(注17)。フランクフルトの作例から構成されるモノクロームとしての祭壇画扉パネル外側と、《聖母子》《聖ヴェロニカ》から構成される彩色としての祭壇画内側は、祭壇画の内側と外側の相違を明示している。平日礼拝面におけるグリザイユ画の《聖三位一体》は日常性という性質を備え、祝日に祭壇画を開扉した時に展開する、祭壇画内側― 408 ―
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