研 究 者:㈶海洋博覧会記念公園管理財団 学芸員 沖縄国際大学南島文化研究所 特別研究員 兒 玉 絵里子はじめに沖縄に於ける従来の紅型研究は、沖縄県立芸術大学および沖縄県立博物館・美術館、那覇市歴史資料室に所蔵される琉球王国時代末期から大正・明治期の、琉球国王第22代当主 尚弘と鎌倉芳太郎による旧蔵資料の調査研究が主で、王国時代紅型の模様や色彩の分類分析、紅型の特色を明確化するための日本や中国ほかの染織意匠との比較対照研究、あるいは、琉球王国の歴史や紅型の意匠的特質を資料として紅型の発生と源流を考察する研究が中心であった。近年約40年間は、国内はもとより沖縄県内に於いてさえ、近現代の琉球紅型に関する新知見をまとめた論考は発表されていない(本報告者を除く)(注1)。いわば主たる調査研究方法も確立されていない紅型研究に於いて、報告者は、現地での聞き取り調査を重視して従来看過されていた個人蔵をも含む埋もれた資料を辿る作業を続け、学位論文(注2)を中心とする論考により、第二次世界大戦後の紅型復興期以降を中心とする近現代琉球紅型の実像を少なからず明らかすることができたのではないかと考えているが(注3)、現在は最も大きな課題として、これまで染織史・宗教史・芸能史・民俗学の各分野に看過されてきた、沖縄(琉球)の芸能祭祀の場に用いられる「紅型」という問題に着手させていただいている。約450年間の琉球王国時代を経た沖縄には、今なお、王国時代御冠船踊の流れをくむ古典舞踊や組踊、廃藩置県後の創作(創作舞踊や新組踊ほか)、王国時代の祭祀に連なる各地域の民俗芸能など、独自の芸能祭祀文化が残されている。しかし、それらの場に用いられる染織についての考察は、学問分野の狭間に置かれた複雑さや資料の存在の有無をも含む情報収集の難しさ、調査の困難さなどを背景としてほとんど行われておらず、報告者はそうした従来の研究の盲点に取り組むことで、これまで伝世品そのものの特質や技法を中心に語られてきた「紅型」の文化的背景や存在の意味について、信仰や風俗などといった文脈の中で深くその特質を考察し、明らかにしたいと考えてきた。第二次世界大戦地上戦により多くの歴史的資料が散逸焼失し、文献資料がほとんど残されていないがために衣裳や裂地として残された「伝世品」という現物を通じての考察に頼らざるを得ない「紅型」という沖縄独自の染織について、時代や社会の中で紅型そのものが担っていた重層性、思想的意義をも含む新たな姿を見― 428 ― 琉球王国時代から現代に於ける沖縄(琉球)の芸能祭祀と紅型─紅型の衣裳と幕について─
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