鹿島美術研究 年報第29号別冊(2012)
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制作された。また、ハミルトンは、1769年にティヴォリのヴィラ・ハドリアヌスで自ら発見した古代のパリス像を売却した2代目シェルバーン伯爵のために、1770年代にパリスとヘレネの主題による連作壁画の構想を建てていたが、着手にはいたらなかった。一方、同時期に伯爵からは古代主題の2点の作品注文も受けており、ルーヴルの作品は、おそらく、イェール大学英国芸術センターの所蔵絵画を作例とする「ルクレツィアの死」の主題と対をなして、この注文に関連付けうる。また、この作品は、新古典主義の領袖となる若きジャック・ルイ・ダヴィッドに深い影響を与えたことでも意義深いものといえる。こうして、英国、イタリア、フランスを視野に入れて新古典主義形成期における興味深い事例を仔細に論じたファルー氏の発表で、午前の部は終了した。一方、バルテレミ・ジョベール氏は、職責上の理由で急遽来日が中止となった。しかし、発表内容を記したテキストと、プレゼンテーション資料が送られてきたため、シンポジウム当日は、発表概要を紹介するとともに、会場の出席者に資料を配布した。予定されていたジョベール氏の発表は、「19世紀のネオ・ゴシック─現在の表明か、過去の賞揚か?」と題されたものである。内容は、イギリスとフランスの事例を比較検討し、歴史認識の問題と絡めながら、19世紀前半のゴシック建築の評価、修復、受容をめぐる動向を幅広く論じるものであった。近世西洋において、自国の歴史、特にヨーロッパの中世に対する認識は、「時間」の問題を考えるうえで、「古代」とともに重要な柱を形成しており、ジョベール氏のテキストは、この重要な論点を示すことができた。ジョベール氏の発表の紹介の後、私、陳岡によって、ロベール展の企画者として、「時間の模倣─「廃墟のロベール」をめぐる一試論」と題した発表で、時間の「模倣」をテーマにロベールの絵画芸術と庭園芸術の考察を試みた。これに続き、三浦篤氏(東京大学教授)の「モダニズムにおける過去と現在─エドゥアール・マネを中心にして」では、マネの作品を通して、西洋近代絵画における過去と現在、伝統と近代の関係が探られた。そして、1日目の最後となる阿部成樹氏(中央大学教授)の「変容の地平─アンリ・フォシヨンの思索から」では、記憶や芸術表象における「変容」のテーマを出発点に、フォシヨンの様式論が考察された。これらのきわめて密度の高い発表を受け、最後に、高階氏をモデレーターとして、総合討論がおこなわれた。会場から受け付けた質問への回答も含め、パネリストのあいだで充実した討論がおこなわれた。特にファルー氏は、西洋における古典古代に対する意識について、フランス側の参加者として重要な発言をおこなった。さらにルー― 515 ―

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