鹿島美術研究 年報第29号別冊(2012)
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続いて取り上げる2点目の作品は、天明元年(1781)の黄表紙『狆の嫁入』の挿絵である。見開きに座敷の室内を描写し、そこで擬人化された犬が遊興を催している。視点は画中人物の視点の高さと一致し、また天井の小幅板も、3幅の掛軸が飾ってある奥の壁の方へ印象的に収斂していくことは、本図の見所の一つだろう。右に打ち開けた障子を通して、外へ通じる道が見え、内部空間と戸外風景を解決する挑戦にとりかかっている出来映えの良い構図といっても過言ではない。浮絵における室内描写に関して述べる際に、最初に頭に浮かぶのは、何といっても劇場内部を題材にした浮絵であろう。処女作から既に豊春が頭角を現してきた臨場感あふれる「歌舞伎芝居図」は、一流版元が誰でも版行したことのある浮絵の人気テーマの一つである。「浮絵歌舞妓芝居之図」では、構図を合理的に構成しながら、舞台の方に収斂する花道や桟敷の手すり、また天井の奥行き線は、清長の見慣れた洋風技法と考えられる。ただし、「芝居図」の系譜は、あまりにも空間の広さを強調したジャンルであり、清長の挿図にある限定された空間とは相容れない特質を示している。確かに清長が手本にしたと思われる作品は、低い視点から捉えた天井の低い空間を持ち、また画面の一部に戸外に開いた錯覚をも活かした浮絵である。たとえば、安永2年頃の作と考えられる「浮絵伊勢大神宮両所太々御神楽之図」は、部屋の真ん中に榊の枝を挿してあるため、天井の小幅板が収束していくのが部分的に隠されているものの、大広間の左右に開かれた障子のモチーフを受け入れ、また室内空間と戸外風景を統一的に解決しようとするこの作品は、清長の挿絵描写に無関係とはいえないだろう。特に、左側に砂利道に舗装された敷石や、短縮していく3本の樹木は、注目されるべきである。ともかく、座敷や呉服屋、芝居小屋など、豊春が数多く描いた室内空間は、清長にとって透視図法を習得するために貴重な模範になっていたに相違ないが、両者の密接な関係を裏付けるために、作品を1点挙げるならば、「浮絵和国景跡」シリーズの「御図」だろう。清長が『狆の嫁入』の挿図を描いたときに、この豊春の作品を忠実に模写したのではないかと私は考える。過度に奥深く広がる豊春の座敷内部を清長は意図的に壁で遮断したとも考えられる。襖の竹図や猿鶴図が描いているように見える奥の掛け軸といった伝統的な要素を取り入れることによって、清長は合理性を過剰に強調しすぎた豊春の構図を緩和したかったのかもしれない。この差異を除くと、鑑賞者の視点が、座っている画中人物と同じ高さまで下げられたほか、天井の手前の欄間と小幅板の二重線のモチーフ、左側の衝立、随所に配される灯火のデザインも、すべてが酷似しているといえるだろう。また、打ち開いた障子の位置は、反転したにもかかわらず、敷石が円弧を作ってかすかに湾曲しながら短座敷今様子日ね■■■■■■■■■の遊― 521 ―■■■■

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