鹿島美術研究 年報第29号別冊(2012)
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のビジネス感覚をもっていたという点も改めて注目される。クラーナハが構えた大規模な工房は、のちのルーベンスのそれと比較されうるようなものであり、きわめて先駆的だった。同時代のライバルであるデューラーが、基本的には版画という複製媒体の力によってみずからの影響力を高めたのに対し、クラーナハはむしろ、容易にそれと認識されうる独自の様式をもつ絵画を大量生産することで、いわば自身の芸術的ブランドを確立したのである。こうした最近の研究上の関心を肌で感じることができたことは大変に有益であり、報告者としては当初、クラーナハが宗教改革のプロパガンダに貢献したということに着目した研究課題を設定していたが、より幅広いアプローチの必要を感じる結果ともなった。クラーナハを単独で扱った展覧会は、これまでのところ日本では開催されていないということもあり、今回の滞在で得られた知見と人的交流を基礎として、その実現に向けた努力を続けたいと考えている。なお、研究課題からは逸れるが、作品調査とは別に、美術館での展示作業に関する知見も多く得られた。2012年2月末のリニューアルオープンを控えたシュテーデル美術館の現代美術ギャラリーでは、再開館直前の慌ただしい展示作業を実見することが許された。さらに、これに先立って2011年の終わりにリニューアルオープンしていたオールドマスターおよび近代絵画ギャラリーの展示についても、同館学芸員のフェリックス・クレマー氏から詳細なお話をうかがうことができ、展示をめぐる最新の方法論の一端を知ることができた。他方、ウィーン美術史美術館では、2012年末に「クンストカマー(芸術の部屋)」のリニューアルオープンが計画されているが、再開館後に展示予定の多数の工芸品、そして工事中の展示室を見学させていただくことができ、非常に貴重な経験となった。こうした経験も、今後の活動に役立てていきたい。― 524 ―

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