研 究 者:武蔵大学 非常勤講師 出 羽 尚本稿では、こうしてターナーが風景画に取り込んだ主題について議論する。とりわけ、伝統的な聖書や古代神話とは別に、ターナーが頻繁に利用したイギリスの文学、歴史、地誌に注目し、イギリス各地を描いた彼の風景画が、鑑賞者に視覚的快をもたらすものとしてだけではなく、描かれた土地と直接関わる文学、歴史、地誌を直接的な主題として伝えたこと、さらには、直接的な主題とせずとも、それらを連想させるものとして作品が機能していたことを指摘する。連想を喚起させる風景画を制作した点で、ターナーは同時代イギリスのピクチャレスクな地誌的風景画の画家とは一線を画しており、また、彼が範としたクロード・ロランら理想的風景画の画家たちとは、取り扱う主題が実在の土地と密接に関わっていた点で異なる。ターナーの風景画家としての存在は、こうした主題の取り扱いの点においても目をひくのである(注2)。1.ターナーの風景画における主題と連想ターナーが風景の外見を再現するだけではなく、描かれる土地の歴史、政治、社会、宗教、あるいは文学など、その多様な地誌を取り込んだことは、彼が詩的な風景画を追求する過程から生まれた(注3)。詩的な風景画に関するターナーの見解は、彼がロイヤル・アカデミーでの講義のなかで、詩と絵画の関係について議論している個所に確認することができる。彼は1807年にロイヤル・アカデミーの遠近法教授に就任し、遠近法のほか美術理論全般を講じている(注4)。彼が講義の準備として学んだのは、17世紀フランスのデュ・フレノワ、18世紀イギリスのリチャードソン、19世紀のシー、オウピのほか、「英国派の父祖」(注5)と称えたロイヤル・アカデミーの初代総長レノルズのロイヤル・アカデミーでの講義『美術講話』である(注6)。ターナーはそれらを参照しつつ伝統的なJMWターナー(1775−1851)は、ヨーロッパの風景画、とりわけ17世紀のイタリアとオランダの巨匠の伝統から影響を受け、前者からは古代神話や聖書の主題を伴った理想的風景画の様式を、そして後者からは水や大気といった動きのある自然、及び自然の中で活動する様々な人物の表現を学んだ(注1)。ターナーはこうした巨匠の様式を細嚼し、イギリス各地の風景を扱った自らの作品では、地形を単純に再現するのではなく、自然の移ろいとそこで活動する人々のありさまを取り込み、さらには、主題を伴うことで、理想的風景画と同様の荘重さを備えた風景画を制作した。― 58 ―⑥JMWターナーの風景画における主題と連想
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