鹿島美術研究 年報第29号別冊(2012)
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た対象を取り込むことで、イギリスの風景を描いた作品に、詩と同様に鑑賞者の精神を刺激するような主題を与えたのである。その主題は描く土地に関連する文学、歴史、そして地誌であり、また、主題が挿入されたのは展覧会用の油彩作品はもちろん、版画として出版されたトポグラフィーも含まれる。2.文学の連想ターナーが最も利用した文学作品の一つは、18世紀イギリスの詩人ジェイムズ・トムソンの詩作『四季』〔図1〕である(注13)。そして、『四季』と密接な関連を持ったロンドン近郊の街リッチモンドの風景が展覧会作品の題材として選択された。ターナーはこの地が備える様々な連想を念頭に、展覧会作品に相応しい主題としてトムソンの『四季』を取り込んだのである。ただし、ターナーが文学を主題として取り込む手法は、典拠となるテクスト記述の絵画化という歴史画の伝統的な手法とは異なる。その一例が1809年の作品《トムソンのアイオロスの琴》〔図2〕である。ここではリッチモンドの丘からの眺望を背景に、前景には「THOMSON」と刻まれた台座に置かれた琴の周りに、踊る女性を中心とした人物が描かれている(注14)。その主題は、作品が展覧会に出された時の目録に引用されたターナー自身による詩を読むことで理解できる。その冒頭は以下のように始まる。トムソンの墓碑に清らかなしずくが滴り落ちる。失われたポウプの聖殿を思い、静かな悲しみの涙がこぼれ落ちる。(注15)さらに、1808年のスケッチブックには、関連が指摘される次のような詩を残している。おお魅力的な四季たちよ、トムソンの聖堂を守り給え。トムソンは素晴らしい四季の魅力を歌った。彼の名声は雨模様の五月と組み合わさり、そして太陽の光は我等の流域を照らす。(注16)ターナーは1807年にリッチモンドの対岸にあったアレグザンダー・ポウプの邸宅が取り壊されたことを嘆きつつ、18世紀のもう一人の巨星トムソンを礼賛し、リッチモンドにある彼の聖堂が守られることを願う主題を取り込んでいるのである。こうした主題をターナーが構想した前提には、リッチモンドの街にトムソンの『四― 60 ―

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