本伝統工芸展に出品している。最後に、昭和31年(1956)1月15日号の『週刊読売』の表紙を飾った一枚の画を紹介したい〔図20〕。伊東深水の「宋磁」というタイトルが付けられた作品である。この「宋磁」(昭和30年(1955) 第11回日展出品 新歌舞伎座蔵)は、昭和30年(1955)に日本陶磁協会10周年記念として開催された「宋磁名品展」〔図21〕に深水が感銘を受けて制作したものという。この絵は宋磁から受けた感銘の所産です。要するに宋磁の有する現代性、安定感のある豊かで、しかも素朴で美しい形態、そしてまた、どこか強じんなボリューム、単純な色感と紋様、これらのどれもが、現代の若い女性となにかつながりが感じられ、はなはだ興深く宋磁をながめたのです。そして両者を一眼とした、力学的な構成による画面を、現代女性風俗的立場から描いて見たいと試みたものが、すなわち、この宋磁なのです。(注18)深水の「宋磁」には、「宋磁名品展」の出品作を忠実に写した壺を持つ、戦後のモダンガール達が群像で描かれている。彼女たちの華やかで現代風の装いの中にも、よく見ると宋磁の模様が描き込まれているのが分かる。深水は宋磁のなかに「安定感のある豊かで、しかも素朴な形態」「どこか強じんなボリューム」「単純な色感と紋様」を見出し、本来ならば「古い」存在であるはずの古陶磁を「現代性」という新しい価値観で捉えていることは非常に興味深い。「鑑賞陶磁」は古陶磁を愛好する画家達に描かれることによって、さらにイメージを拡げ、文字通り「見られる対象」としての性質を強化していったと思われる。戦後の古陶磁展覧会の盛況の様子をみると、ごく限られた一部の文化人の趣味であった陶磁鑑賞の裾野が格段に広がったことを実感する。「陶磁器をつかう」ではなく「陶磁器を見る」という体験が戦後、大衆化した趣味の一ジャンルとして定着したのだ。戦後、陶芸家たちが古陶磁から離れて、より自由な表現を模索し始めるのは、古陶磁のイメージが定着した分、さらに新たな表現が必要になったのではないか。結びにかえて陶磁研究は、歴史学単体としては存在して来ず、常に複合的な要素をはらんで発展してきた。研究者、コレクター、マーケット、陶芸家・画家を巻き込んだ昭和戦前期の「古陶磁ブーム」は、新たな審美眼と歴史観をもたらした文化現象ともいうべき広― 75 ―
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