鹿島美術研究 年報第29号別冊(2012)
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序研 究 者:東京藝術大学大学院 美術研究科 博士後期課程 髙 木 麻紀子中世の秋、西洋の王侯貴族は絢爛たる独自の文化を成熟させてゆく。中でも狩猟は習得すべき嗜みとして重要性を増し、その結果、俗語による狩猟術の書が多数生み出されることとなる。14世紀南仏の大領主フォワ伯ガストン・フェビュスが著した『狩猟の書』(1387−89年)はその代表作であり、特にテキストを貫く経験主義的な姿勢において他の作例を凌駕するとされる(注1)。一方、中世美術史上において本作は、15世紀初頭のパリで制作された写本(パリ、フランス国立図書館ms. fr. 616、以下fr.616)を通じ、豪華な挿絵サイクルを伴う世俗彩飾写本として知られている(注2)。『狩猟の書』はしかし、アヴリルにより挿絵入り写本は27冊現存すると指摘されており、14世紀末から16世紀初頭にかけて継続的に制作された写本群を形成している(注3)。筆者は、fr. 616に代表される個別写本の挿絵研究、特に画家の手の分類が進められてきた先行研究に対し(注4)、未だ詳細に検討がされていない写本群における図像の継承、変容の諸相を体系的に考察することを目指しているが、本稿では、本調査で実見が叶った1冊、パリ、マザリーヌ図書館ms. 3717(1465−70年頃、以下ms.3717)〔図1〕を取り上げ、『狩猟の書』の挿絵の系譜上、新しい図像表現が見られる挿絵を考察対象とする(注5)。先行研究で本写本は、ヌムール公ジャック・ダルマニャック(1443−77)の注文作とされ(注6)、挿絵は〈ジャック・ダルマニャックの画家〉に帰されている(注7)。図像に対しては、その一部が『狩猟の書』写本の1冊(パリ、フランス国立図書館ms. fr. 1291、1445−50年頃、以下fr. 1291)と類似すること(注8)、新たな図像が存在することが簡潔に言及されているが(注9)、挿絵全体に関する詳細な考察はなされず、また、新たな図像表現に対する具体的な検討もされていない。よって本稿では、特に「どのようにして様々な種類の網を作るか(ch.25)」〔図2〕、「どのようにして猪を解体するか(ch. 43)」〔図3〕の2点の挿絵に焦点を当て、まずは先行する『狩猟の書』写本の図像との比較からその新規性を明らかにする。その上で、2点の挿絵の図像の視覚的源泉を検討し、ms. 3717の図像の一部に現れた変化が有する特質と意義を考えたい。― 80 ―⑧ガストン・フェビュスの『狩猟の書』─パリ、マザリーヌ図書館ms. 3717の図像に関する一考察─

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