鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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研 究 者:筑波大学大学院 人間総合科学研究科 博士後期課程はじめに古代ギリシア美術を考える上で、神話表現は欠かすことのできない要素である。神々や英雄、人間たちが織りなす神話の情景は、葬礼や馬の飼育などの日常場面の図像からやや遅れて造形化され始め、紀元前8世紀の終わりごろに、ギリシア各地で見られるようになっていった。またこの頃に、造形表現の自然主義的傾向が飛躍的に強まっていくのは、神話主題とその視覚化という課題が、古代ギリシア美術に大きな変化をもたらしたためと考えられる。このような造形芸術の変化は、より広い意味での、古代ギリシア文明全体の大転換の一部として捉えられるべきものである。古代ギリシアをめぐる諸学問において、前8世紀後半から前7世紀は都市国家の形成期として重要な意味を有し、他方ギリシア・アルファベットの成立と、ホメロス、ヘシオドスらの叙事詩の誕生した時期としても重要である。またこの頃、青銅器時代、すなわち当時からさらに4世紀間ほど遡った時代の遺跡に、当時の人々によって様々な奉納が行われたことが確認される。これは、人々の祖先崇拝に根ざした行為であると解釈され、このような祖先への崇敬の念と過去を体系化しようという思潮が、ホメロス、ヘシオドスらによる叙事詩成立を促したと見なされている。本研究は、以上のような背景を踏まえ、古代ギリシア美術の歴史を通じてその主導的な立場にあったアテナイ美術における神話表現の開始過程について考察を試みた。古代ギリシア美術において、神話表現が何を端緒に、どのように成立したのかという問題は、これまでのところ積極的に議論が行われていない。文字が未発達段階にあり、文献史料が残らないこの時代については、社会構造の想定が難しく、造形芸術をその社会背景と結びつけて考察することが困難を極めるためである。そのため、神話表現の開始は、主に上述のような叙事詩の成立を基盤とした、自然現象として捉えられるに留まってきた。そのため本研究では、神話表現が成立して行く過程に、考古学的知見をもとに光を当てた。すなわち、対象をアッティカの彩画陶器にしぼり、中でも墓標として使用された可能性の高い作例を取り上げて、図像の種類や変遷について検討した。墓標という用途、機能と、そこに表された図像を結びつけて考察することによ― 136 ― 福 本  薫⑬アッティカ美術における神話表現の開始について─墓標陶器における図像変遷を手がかりに─

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