鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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かにしたい。具体的には、考古学者ホービー=ニールセンが1996年の論考の注に挙げた墓標陶器のリストを出発点とし、陶器の大きさや図像の種類、出土状況を調査して一覧表にまとめた(注2)。本研究は、これまで漠然と自然現象として捉えられるに留まってきた古代ギリシア美術史における神話表現の開始という問題を、墓標陶器の図像変遷に着目して再考するものである。2 墓標陶器まず、当該の時代を少し遡り、古代ギリシアの墓標の形状や機能について確認したい。墓標の重要性は、最古のギリシア文学であるホメロス叙事詩中にも見出される。『オデュッセイア』第11歌の、いわゆる冥界下りの場面において、冥界を訪ねたオデュッセウスは死者の霊魂たちと対面する。最初に近づいて来た霊は、この場面よりも数日前に不慮の死を遂げた部下のエルペノルであった。オデュッセウス一行は、急いで魔女キルケの島を旅立ったために、エルペノルの遺体を埋葬せずにそのまま放置していた。そのためエルペノルの霊魂は自身のために執り行われるべき埋葬の内容を細かく指示し、しかるべき弔いを懇願する。どうか私を、悲嘆の儀礼も埋葬も、受けないままにしてお立ち去りにはなさらぬよう、─見捨てていって、神々の怒りのまとにはして下さるな。それより私を、ありたけの、まだ残っている物の具ぐるみに、火で焼いたうえ、灰いろをした海の渚に、私のために土を盛り墳をきずいて、武運つたない男の話を、後の世まで聞き伝えさせて下さいますよう。以上のことをぜひお果たしを、また墳の上に櫂を突き立てとくように、存生中は仲間の者らと、一緒にいつも漕ぐに用いたその櫂をです(注3)。この部分で注目されるのは「土を盛り墳をきずいて」という部分と、「墳の上に櫂を突き立てとくように、存生中は仲間の者らと、一緒にいつも漕ぐに用いたその櫂をです」という箇所である。この部分からは、墓標が故人の職能もしくはステータス、すなわちここでは船乗りであったことを記念する役割を担っていると推測される。また、エルペノルの強い懇願と、続く第12歌の冒頭でオデュッセウスが彼の願いを聞き入れて手厚く葬る部分からは、このような故人を記念する行いの重要性が示唆される。― 138 ―(11, 72−8)

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