以上の前8世紀の墓標陶器の特徴をまとめると、器形はアンフォラかクラテルであり、高さはいずれも1mから150cmくらいまでの大型となる。また主題に関しては哭礼と出棺という葬礼の情景を捉えたものであるが、被葬者はアンフォラの場合は女性、クラテルの場合は男性が描かれるという、図像上の性別と器形の結びつきが看取される。また、儀礼用の底穴を有する例は6点確認される。5 前7世紀の墓標陶器⑴神話表現神話表現を伴った作例は6点確認され、器形はアンフォラ、クラテルの双方が存在する。代表的な例としては《エレウシスのアンフォラ》〔表11〕や、冒頭で取り上げた《ニューヨーク・ネッソスのアンフォラ》〔図1:表21〕が挙げられる。一方の画面には、頸部には獣闘文が、胴部には「ヘラクレスのネッソス退治」の主題が描かれている。他方、頸部に取り付けられた両把手を境とし、反対面〔図2〕には細緻な線描による植物文様が配されている。前7世紀の墓標陶器の正面性の強い装飾配置は、前8世紀に比べて一層明瞭となり、前7世紀第四四半期に位置づけられる《ネトスのアンフォラ》〔表29〕の背面は、大まかに塗りつぶされるのみとなることから、前7世紀の間にも漸次この傾向が強まっていくと推察される。この他、6点の作例の神話表現は、ヘラクレス、オレステス、オデュッセウス、ペロプスといった叙事詩の英雄が、敵と対決し、打ち破る様子を表している点で共通している。⑵単体、行列、あるいは紋章風の動物、混成生物神話表現以外の作例で目立つ装飾のモティーフは、動物、あるいはこの頃新たにギリシア美術の図像のレパートリーに加わったスフィンクス、グリフィンなどの混成生物である。雄鶏や人間の横顔を単体で画面一杯に描く作例〔表13, 14〕や、馬などの行列図を配すもの〔表17〕、そして最も数が多いのは、動物や混成生物を向かい合わせに、紋章風に表す作例である。例えばケラメイコス墓地の墳丘Iから出土したクラ前8世紀と異なり、19点確認される前7世紀の墓標陶器には、葬礼に関わりのある図像が見られない。かわって、神話表現を始めとした多様な図像が登場する。また、装飾配置の正面性は一層増すこととなる。ここからは、最も大きな変化である神話表現と、その他の図像の作例を見ていきたい。― 141 ―
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