鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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注⑴ Moore, M. B., Greek Geometric and Protoattic Pottery, Corpus Vasorvm Antiqvorvm: The Metropolitan テル〔表23〕は、欠損部分はあるものの、2羽の水鳥が向かい合う紋章風の装飾が施されていたと考えられる。これと類似した種類の作例は計6点確認され、このような紋章風のモティーフは、前7世紀にフェニキアの商人や職人を介してもたらされた、現在のレバノンにあたる地域やアナトリア内陸部の工芸などが源泉となっていたと考えられる。計13点のこれらの作例のうち、裏面が確認できる10点では、9点が装飾文様を配され、1点が大まかに塗りつぶされている。ウィットリは、1994年の論考において、この時期の上層階級は新たにギリシアに到来した東方的モティーフ、すなわち混成生物や紋章風の図像を意識的に用いたと論じた(注8)。確かに、前7世紀は東方化革命の時代であり、葬礼において東方的意匠が偏重されるようになったことは、本研究からも裏付けられる。おわりに本研究は、アッティカ美術における神話表現の成立期の墓標陶器に現れる図像変遷に光を当てた。従来、初期の神話表現の代表作と言われる作例の多くは、その出土状況の複雑さから、墓標陶器である可能性が指摘されつつも、この点に関して積極的な考察をなされてこなかった。しかし、神話表現が当時の人々にとってどのような意味を有したか、どのような場面で用いられたのかを考えることが、神話表現の誕生をより現実的に捉え直す契機となりうると考える。今回の調査では、前8世紀から前7世紀にかけて、墓標陶器の装飾が葬礼図像から神話表現に劇的に変化することが浮彫りとなった。これは、冒頭に述べた祖先の崇拝と英雄化というこの時代の動向の一端として捉えうるものであると考える。今後は、神話表現のみならず、葬礼図像がどのような展開を遂げるのかを視野に入れつつ、この時期に起こった劇的な変化の意味をより重層的に考察していきたい。前7世紀の墓標の特徴をまとめると、陶器の器形は前8世紀と同様にクラテルかアンフォラが用いられるが、高さはおよそ30cmのものから150cm近いものまでまちまちである。神話表現が付された作例がより大型の傾向が見られる。図像としては、神話表現が6点、モティーフが相対する紋章風の図像が6点、その他が7点となっており、葬礼にまつわる図像のみであった前8世紀と比べると多様性が増加する。― 142 ―

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