本論では、特にこの玉座の高さに注目した。採録された祭壇画を観察すると、フィレンツェで制作されたパーラ形式の「聖母子と聖人たち」は、一般に玉座を高く上げることはないが、ヴェネツィアにおいては高く上げた玉座が多数を占める。この観察結果を詳細に検討するため、祭壇画に表された玉座の高さを数値化して評価した。聖母が足を置く高さを「玉座の高さ」とし、玉座の高さ/画面高を評価値とした(玉座が画面の半分の高さを占める場合、値は0.5となる)。聖母子が玉座ではなく、雲など空中に座る(あるいは立つ)場合も分析対象とし、「空中」という値を置いた。〔図6〕に分析結果を示す。この結果から、ヴェネツィアとフィレンツェにおける玉座の高さには有意な差が認められる。ヴェネツィアのパーラ形式には、「高い玉座」という特徴が見いだせることが統計的に裏付けられたと言えよう。これには、ヴェネツィア祭壇画の主流となった縦長の画面形式が関わっていると考えられる。縦長の矩形画面に聖母子と複数の聖人を配置する場合、フィレンツェ式の低い玉座では、玉座の周囲に聖人たちがひしめき合うことになる。これに対して、聖母の玉座を高く上げた場合、聖人達をその下部に配することが可能となり、人物像のプロポーションに矛盾を生じないまま、聖母の高い地位を表現することもできる。従って高い玉座の導入は、ルネサンス的な整合のとれた空間構成に、天上の位階に従った聖性の価値を表現する有効な着想であったのである。採録したデータ内の初出作例はジョヴァンニ・ベッリーニの《シエナの聖カタリナ祭壇画》〔図4〕である。この作品によってヴェネツィアにもたらされた「高い玉座」という装置は、以降縦長の画面形式で描かれる「聖母と聖人たち」の定型となった。《シエナの聖カタリナ祭壇画》の着想源としては、ドナテッロの《サンタントニオ聖堂主祭壇装飾》(1447−50年、パドヴァ、サンタントニオ聖堂)やマンテーニャの《サン・ゼーノ祭壇画》(1456−59年、ヴェローナ、サン・ゼーノ聖堂)などが指摘できるが、いずれも「高い玉座」のモティーフは明示されていない。縦長の画面形式を踏まえたジョヴァンニ・ベッリーニ独自の着想と考えることも可能であろう(注8)。また、玉座が高く上げられると、台座部に空間ができ、そこに装飾モティーフが充てられる場合がある。そうしたモティーフは、類型化するには多様であるが、いくつか典型的な例を挙げることはできよう。ここでは、装飾モティーフなし/奏楽の天使/天使/花びん/掛け布またはじゅうたん/寄進者/その他というカテゴリーで分類を試みた〔図8〕。フィレンツェにおいては、装飾モティーフなしが6割を占めるが、これは充填モティーフを必要としない「低い玉座」が主流であることを示している。ヴェネツィア祭壇画に特徴的なのは、奏楽の天使を装飾モティーフとする作例が― 149 ―
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