・1430年代のフィレンツェにおいて成立した、パーラ形式の「聖母と聖人たち」を表した祭壇画は、正方形(あるいはわずかに横長)の画面形式を取り、聖母子を「低い玉座」に配する。・1470年頃、ヴェネツィアに導入された「聖母と聖人たち」を表したパーラ形式祭壇多く見られる点である。これも現在収集した祭壇画中での初出は、ジョヴァンニ・ベッリーニ《シエナの聖カタリナ祭壇画》である。ここでジョヴァンニが提示した形式がヴェネツィア祭壇画の典型となったことを示唆する結果である。さらに、両都市共に、年代が下るにつれ、玉座の高さが高くなっていく傾向を見せている。フィレンツェにおいても、1500年前後には、ヴェネツィアと同程度の「高い玉座」が多く見られるようになる。時代の移行と共に、よりイルージョニスティックで高揚感のある表現が求められ、より高い玉座、ひいては雲間の天上にまで上げられた聖母の地位にまで展開したと考えることができる。むすび以上の分析から、次の点が明らかとなった。画は、縦長の画面形式を取り、聖母子を「高い玉座」に配する。・上記ヴェネツィア型パーラの成立は、ジョヴァンニ・ベッリーニ作《シエナの聖カタリナ祭壇画》が契機となった。・ヴェネツィア式縦長のパーラ成立以降、フィレンツェにおいても縦長の画面形式に有意な増加が認められる。フィレンツェで成立したパーラ形式が、ヴェネツィアへと伝播し、ヴェネツィア型パーラとしてフィレンツェにフィードバックされたものと考えられる(注9)。今回、131点の祭壇画を対象とした統計的な分析を行った結果、これまで指摘されてきたパーラ形式の祭壇画の特徴を裏付けることができたと共に、「玉座の高さ」や「背景」といった独自の分析項目を立てることにより、パーラ形式の地域的特徴、および年代推移を示すことができた。しかし年代推移については、採集した祭壇画データに年代的偏りがあるため、ある程度の誤差を含むことは免れない。今後の課題としては、採録データをできる限り増やし、各年代、一定数のデータの下に分析を試みること、フィレンツェ、ヴェネツィア以外の地域も分析対象に含めることが必要となろう。また今回は、「聖母子と聖人たち」という主題に絞った分析を行ったが、これも対象を広げ、説話場面、あるいは聖母子を含まない「聖人たち」の祭壇画も分析対象とすることにより、主題の分布、年代推移も含めた祭壇画の展開を考察していきたい。― 150 ―
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