鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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「破来頓等絵巻」各段のモチーフ研 究 者:千葉大学大学院 人文社会科学研究科 博士後期  中 村 ひ のはじめに徳川美術館に所蔵される「破来頓等絵巻」(以下本論においては「本絵巻」と略称する)は絵三段、詞書四段より成る一巻の絵巻である。「倭錦」によれば飛騨守筆、詞書は世尊寺行尹とあり、同様に飛騨守筆と伝わる「長谷雄草紙」や「後三年合戦絵巻」と描写傾向に一定の共通性が見いだせることから、概ね同時期の成立、14世紀前半に成立した中世絵巻の一作例として位置付けられる。本研究では、本絵巻が比較的早期のうちに「浄土教の思想を鼓吹」(注1)することを意図して制作された説話絵巻であると指摘されつつも、絵巻の具体的な内容、特に物語の展開については、いまだに不明な点が多いことに着目し、考察を試みた。先行研究をふまえた上で以下の点を指摘する。まず、本絵巻が従来言われてきたように登場人物に仮託して浄土思想の教説を比喩的に描いた作品であるだけでなく、特に二河白道図のイメージを絵巻に転用したものであること。その上で、本絵巻の主人公「不留坊」の描写が、本絵巻詞書との密接な影響関係を指摘された仏教宗派・時宗の祖師像の影響を受けており(注2)、阿弥陀仏に至る者としての造形が成されていることを述べる。これらの点を通じて、本絵巻の意図するところを考察し、その一端を明らかにしたい。まず、本絵巻は冒頭に述べたように、絵に対して詞書が一段分多い状態である。三段の絵の後に墨線が引かれて四段の詞書が開始されており、後述するように本紙の脱落などの物理的な要因に拠って四段の絵が失われたのではなく、当初から絵と詞書が「ずれ」を生じさせていたと推測される。本絵巻はそもそも、全体を通じて詞書と絵の対応関係がはっきりしない。すなわち、詞書の内容には絵の中に反映される断片的な語句が散見されるものの、詞書自体は説話的な展開を見せるわけではなく、「破来頓等」などの特定の言葉が繰り返される呼びかけの傾向が強い(注3)。一方で、絵は何らかの「展開」を説話性をもったものとして表象しようとしている。一段の絵には僧体の人物の恍惚とした表情や惑乱したかのような思わせぶりな様が描かれるが〔図1〕、直接的な説明は詞書に無く、ただ― 156 ―⑮「破来頓等絵巻」研究─「時宗絵画」及び中世物語絵巻としての文脈から─

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