鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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研 究 者:美術史家  田 中 麻 野1.序本研究では、次の三点に焦点をあてながら、モローと版画との関わりをより包括的に捉え、この画家における古典版画の受容および版画の役割を再考する。第一に、そのほとんどが未公開であるモローが所有した古典版画の内容を明らかにし、当時の時代背景と照合しながら同画家がそれらの版画を所有したことの意義を考察する。第二に、モローの直筆ノートに依拠しながら、19世紀の歴史画家が帝国図書館版画室で古典版画を研究した貴重な一例を明らかにする。第三に、モローの直筆ノートに対するヴァザーリ著『美術家列伝』の影響を検証し、19世紀におけるヴァザーリの受容とこの時代に流布していた版画史の一端を解き明かす。2.モローが所有した古典版画とその背景モローは18世紀以前の版画の多くを「オールドマスターに基づく版画」と題した紙挟みに保存していた(注2)。その中で最も古い版画の一つは、ロッソ・フィオレンティーノに基づいてピエール・ミランが1545年以前に版刻したエングレーヴィング《三人のパルカたち》である。同じくフォンテーヌブロー派の作品に基づく16世紀の版画としては、ロッソ・フィオレンティーノに基づくジョヴァンニ・ヤコポ・カラーリオの《ケンタウロスと戦うヘラクレス》〔図1〕、プリマティッチオに基づくジョルジョ・ギージの《アンティオペとユピテル》がある。16世紀のイタリア版画としては、その他にもラファエロの素描に基づくマルカントニオ・ライモンディの《ペス19世紀のフランス人画家ギュスターヴ・モロー(1826-1898年)は、16世紀から同時代までの様々な美術家によって制作された1200点あまりの版画を所有していた。現在までパリのモロー美術館に保存されているそれらの版画は、同画家の着想源の宝庫である貴重な参考資料として研究者に知られている。また、『赤色のノート』と呼ばれる直筆ノートには、モローが版画研究のために訪れた図書館、そこで作品を見た版画家名などに関する情報が記されており、この画家の制作に関わる背景を知るための最も重要な一次資料に数えられる。ところが、これらの版画および一次資料は、先行研究において研究対象となったことがほとんどなく、その重要性を認められながらも十分な調査がなされてこなかった(注1)。― 13 ―②ギュスターヴ・モローにおける古典版画の受容について─未公開の版画コレクションおよび直筆ノートを中心に─

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