鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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月の「松下双鶴図」(個人蔵)にも「庚子春四月/檗峰光寉亭写」と款記している(注7)。隠元は寛文13年(1673)4月3日に没していることから、いずれも年忌に合わせて、黄檗僧として取り組んだ作例の可能性がある。3.印章へのこだわり鶴亭の作品を見ていると、大胆な箇所に印章を捺していることが多い。その感覚は、一般的な画家では決して捺さない(捺せない)だろうと思わせるものである。鶴亭の印章についてのエピソードは、大田南畝『仮名世説』に収められている(注8)。巧芸 ○長崎の鶴亭隠士は、少年より画をたしみ、墨画の花鳥など、ことによく得られたるよし。元より人目驚さんとにもあらず、みづから心のうつり行くにまかせ、或は芭蕉葉の風にやぶれ、或は若竹の雨にきほふなど、あはれにやさしくうつせり。ある時、友人来りて、物語のついでに、印の押所を問ひしに、答へていふ。印はその押どころ定れるものにあらず。其絵が出来終れば、こゝに押てくれよと、絵のかたから待ものなりといへり。ある人これを聞きて、よろづの道是におなじ。譬ば座敷々々も、其客の居やうによりて、上中下の居りどころ出来また人のあいさつも、その時々のもやうにあり。臨機応変とも、時のよろしきにしたがふともいへるごとく、一定の相はなきもの、しかし其時のもやうの見わからぬ人には、此段さとしがたし。能くわかる人は、よくその場をしるなれば、琴柱に膠せずともといへり。南畝によると、印章を捺す箇所は決まっているわけではなく、絵が完成すると捺すべき箇所を絵の側から教えてくれると鶴亭は述べている。また、鶴亭は多種多様な印章を用いていたが、なかでも興味深いのは特定の画題に合わせて印章を使用する点である。たとえば、北宋の文人・林和靖(967〜1028)が詠んだ「山園小梅」の一句「暗香浮動月黄昏」を白文長方印に使用している(注9)。梅の名句を用いた印章は、「墨梅図」(宝暦5年(1755)、松阪・継松寺)、「雪梅図」(宝暦5年(1755)、神戸市立博物館)、「群鶴図屏風」(安永6年(1777)、個人蔵)、「梅花叭々鳥図」(個人蔵)などに使用している。林和靖は梅を愛し、鶴を愛でたことで知られるが、その名句を用いた印章はふさわしい画題に捺されていることがわかる。この印章へのこだわりからは、鶴亭の文人的な意識が感じられ、興味深い。― 230 ―

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