12)。5.文献調査鶴亭については同時代の黄檗関係資料、人物誌・人名録、画史・画論、日記・随筆、漢詩集などにその名が確認できた。そのなかでも、鶴亭との交遊が知られる伊勢松坂出身の黄檗僧・悟心元明(1713〜85)の重要な資料について触れておきたい。悟心は鶴亭と親しく交遊したことが作品や文献から判明しており、鶴亭の「墨梅図」(安永4年(1775)、神戸市立博物館)にも賛を寄せている。なかでも、悟心の漢詩文をまとめた『一雨詩偈』『一雨余稿』『一雨文抄』には鶴亭や彼の画に贈られた漢詩が掲載されており、興味深い(注13)。本研究の調査のなかで、『一雨文抄』(文政4年(1821)、南眉居士写、大阪府立中之島図書館)を実見する機会を得た。本書には、江君石亭なる人物の所蔵する鶴亭の蘭図へ悟心が寄せた題が収められている。近年、成澤氏も概要を紹介されたが、本文は未紹介である(注14)。筆者の不勉強ゆえ誤謬も多々あると思われるが、ここに翻刻・現代語訳しておく。〔翻刻〕 題如是道人画蘭後太凡今海内画家、不為不多矣、而見其画蘭、似是不是、似非真非、求非其可非、是其可是者、則幾希也、江君石亭得如是道人所画蘭巻蔵之、而徴予言識之、其如是子之画、豪放雅逸、自成一家、予展覧之、則筆力俊雄、墨色淋漓、固母論、窮其状、昂然而迎風、裊然而帯露、或倚石懸崖、或映日籠烟、或含香競秀、累葉聯翩、如鳳眼鼠尾、葩萼飄逸、似燕飛蝶舞、亦唯是其可是、而非其可非、不非其不可非、而不是其不可是、是其是、而非其非、不是其是而、不非其非泯然相忘于是非之外、至於揮毫、一化皆如是也、視乎前者諸家之画蘭、奚翅霄壌而巳哉、其孰可不嘉翫而發九畹中之興歟、可愛哉、可愛哉、於是乎書〔現代語訳〕 如是道人こと鶴亭の描いた蘭図の後に題す およそ今の日本の画家はどれもおなじようなものばかりだ。彼らの蘭図を見るに、ああだこうだやってみて、結局どれも変わるところがない画ばかりである。江君石亭は鶴亭の描いた蘭図巻を所蔵しており、わたしがこの蘭図巻に題を認めることとなった。鶴亭の画は豪放かつ雅逸な彼ならではの特徴があり、一家をな― 232 ―
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