鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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ットーの浮彫を《プロメテウス》(1868年)のポーズに使用したことがラカンブルによって指摘された(注4)。モローの版画収集を考察するにあたって想起すべき背景は、19世紀後半における版画に対する価値付けが、とりわけ複製版画ではないオリジナル版画を優先し、作品としての芸術性や希少価値のある早いステートを基準に行われてきたことである。複製版画よりもオリジナル版画を重視し、版画に作者の自由な発想の表現を求める価値観は、フィリップ・ビュルティが「画家兼版画家(peintre-graveur)」によるエッチングを推奨する一連の論考を『ガゼット・デ・ボザール』に出版してエッチング・リヴァイヴァルに貢献した1860年代に遡る(注5)。それ以降、版画史ではとりわけオリジナル版画が取り上げられ、画家や愛好家もオリジナル版画および芸術性の高い版画を入手することを好むようになる(注6)。モローの版画に対する価値観は、同時代のこの傾向と比較すると明らかに保守的かつ伝統的である。この画家が集めた版画を概観すると、オリジナル版画よりも複製版画の方が圧倒的に多数であることが一目瞭然である。また、多くの版画は、完成されたステート以降の版であることから希少価値はなく、そのうえ染みや破損が頻繁に見受けられることから、モローは版画を芸術作品よりも資料と見なしていたという印象を受ける。彼はむしろあらゆる種類の画像を集積することに関心を持ち、個々の版画の質や保存状態については無関心であったに相違ない。このことが、エッチング・リヴァイヴァル以前の版画に対する価値観と共通することを指摘しておきたい。19世紀初頭までは、版画コレクションの一般的な性質は「集積すること」にあり、「選抜すること」ではなかった。版画を貴重な芸術品として、一点ずつ吟味して収集する愛好家は主流ではなく、多くのコレクターは「集積することの情熱を満たすために版画を集めた」のである(注7)。版画の主な目的は常に「画家を研究すること」であるとハイネッケンが記したように(注8)、画家の様式が分かるように絵画を複製することが版画の古典的な役割であった。それゆえ、複製版画が版画コレクションの中心を占めるのが通常であった。モローの版画に対する価値観は、オリジナル版画が隆盛を極める19世紀半ば以降の価値観とは異なり、より伝統的かつ保守的な、複製版画によって「先立つ美術家のすべての様々な様式を学ぶ」という、ロジェ・ド・ピルが定義した版画の第一義的な役割と呼応している(注9)。3.帝国図書館版画室での研究および直筆ノートモローと版画との関係を探るにあたって、版画コレクションとは別に着目すべきも― 15 ―

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