鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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研 究 者:東京藝術大学大学院 美術研究科 博士後期課程  岩 谷 秋 美ウィーンの中心部に聳えるシュテファン大聖堂は、ハプスブルク家の霊廟として建設された、ドイツ後期ゴシック建築を代表する作品である。造営はおよそ200年もの長きにわたり、その期間中に、各時代の最新の様式が導入され、また、施主の意図も移り変わった。その結果、大聖堂には、図像としても造形としても、実に様々な時代の要素が混在しているが、それにもかかわらず、全体の調和が保たれ、荘厳な空間が実現している〔図1〕。先行研究では、大聖堂の複雑な造営経緯、および、建築図像の解明に注力されてきたが、聖堂がうみだす荘厳な効果が、いかなる建築的構造や装飾を通じて導き出されたのか、その空間の原理は、いまだ明らかにされていない。そもそもドイツ・ゴシック建築は、ゴシック生誕の地であるフランスの亜流として、あるいは統一的理念を欠いた地方様式として、長らく低評価を受けてきた(注1)。フランスにはない、華麗なネット・ヴォールトなど、建築の表層を飾るデザインが評価されるに至ったのは、近年のことである(注2)。一方で空間に関しては、フランス・ゴシックの大聖堂空間が、ステンドグラスや細分化された壁面などの造形的観点から、長年にわたり探究されてきたのに対し、ドイツ・ゴシックの空間研究は遅滞しており、今後の発展が望まれる。そこで報告者は、シュテファン大聖堂にて観察される荘厳な空間効果に着目し、その原理を解明する手掛かりとして、造営最終局面である15世紀後半に採用の決定された、外陣の段形ホール(Staffelhalle)という、前例の無い特殊な建築タイプと、その独創的なネット・ヴォールトの調査研究を行った。そこから明らかとなった、シュテファン大聖堂における、空間造形が創出されるまでのプロセスについて、ここに報告する。1.調査研究の背景シュテファン大聖堂に足を踏み入れた者は、直ちに荘厳な雰囲気に圧倒されるに違いない。頭上を豪奢なヴォールトが覆い、かなた奥では静謐な内陣が輝く。本大聖堂は、ハプスブルク家で初の皇帝となったフリードリヒ三世(reg. 1440−93)によって完成されたものであり、その内部空間は、なるほど皇帝の大聖堂にふさわしい、崇高な印象を与えよう。1469年、シュテファン大聖堂が大司教座聖堂へと昇格すると、こ― 260 ― ウィーン、シュテファン大聖堂の空間と造形─後期ゴシック期における建築空間の生成プロセスを巡って─

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