鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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的な価値に求めるならば、ホール式内陣との接続方法は、この仮説に対する反証であるかに思われる。あるいは外陣では、内陣との調和的関係を放棄し、単独で理想的空間を追求したのであろうか。そこで次に、段形ホールを飾るネット・ヴォールトの造形分析を通じて、外陣の造営理念を解明する手掛かりを得たい。外陣ヴォールトには、様々な要素が観察される。身廊において、菱形と八角形を交互に並べるのは〔図3−A〕、15世紀初頭に建設されたウィーンの聖母聖堂にて、オーストリアで初めて使用されたネット・ヴォールトから着想を得たものと指摘されている〔図5〕(注7)。ただし、聖母聖堂の菱形は、八角形という主要モティーフを滑らかに連結させるための副次的要素に過ぎなかったが、シュテファン大聖堂の菱形は、八角形と並ぶ主要素へと昇格し、ゆえに両者は同等の強さをもって交互に繰り返され、心地よいリズムを生み出している。一方、外陣側廊の窓側では、身廊の複雑さとは正反対の、時代遅れともいえる、均質なリブが観察される〔図3−C〕。リブが接する外壁は、1400年頃にすでに完成していたもので、細身の長窓によって、均質に細分化されている。ゆえに、リブの造形を決定するに際して、壁面と整合性を図るべく、14世紀末のプラハ大聖堂に由来する、均質なリブが採用されたと、指摘されている(注8)。これに対して、側廊の身廊側に配されたリブは、折れ曲がった複雑な形態を示す〔図3−B〕。実はこれは、身廊の形態を半分、鏡面のごとく繰り返したものである。これも、おそらくは身廊の様式に準じた結果であろう。しかし、壁面と身廊の様式を反映させた結果、側廊が、類例の無い非対称形となってしまった点は、奇妙と言わざるをえない。最後に内陣と外陣の境界部分だが〔図3−D〕、ここには、複雑に編みこまれた八角形が3つ並ぶ。境界線を示すかのようにリブ形態を横断させるのも、やはり特異な手法である。何よりも、これに接する内陣が、簡潔な四分ヴォールトであるため〔図3−E〕、段形ホールがもたらす高低差と相まって、外陣との対照性が、いっそう強調されてしまう。これは、側廊のリブを、隣接部分の様式に同化させた策とは、対極的な処置である。先行研究では、シュテファン大聖堂のネット・ヴォールトの意図や理念が検討されたことはなかった。実際、部分ごとの性格が異なり、それぞれ形態が決定された動機も、一貫性を欠く印象を否めない。したがって、果たしてヴォールトが、統一的な理念の下に全体が構成されたものなのか、疑問視せざるをえない。しかしシュテファン大聖堂において、それまでのヴォールトの造形は、決して無作為に決定されてきた訳ではない。例えば14世紀後半、二重礼拝堂では五分ヴォールト― 262 ―

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