鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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が〔図3−F〕、カタリナ礼拝堂では、ペンダント・ボスを伴う立体的な星型ヴォールトが架構されたが〔図3−G〕、各々の形態が選択された背景には、いまだ地方の一貴族にすぎなかったハプスブルク家の、政治的な思惑があったと推察される。すなわち二重礼拝堂では、オーストリアの修道院のリブ形態を継承することで、同家が伝統保持者であることを国内にアピールし、またカタリナ礼拝堂では、当時の皇帝カール四世が建設したプラハ大聖堂のリブ形態を、権力者のモティーフとして引用することで、一族の霊廟であるシュテファン大聖堂に権威を付与したのである(注9)。したがって、外陣で展開する独特な形態のネット・ヴォールトが、施主である皇帝フリードリヒ三世の政治上の意図に基づき、権威ある聖堂のヴォールトを模倣したものである可能性も否めない。しかし、このネット・ヴォールトに関しては、上述の通り、個別の系譜や、それぞれの形態が決定された背景をたどることは可能だが、全体の構成方法が極めて独創的であるため、全ての要素を総合した際、その類似作例を指摘すること自体が困難なのである。そこで、表層的なテクスチャーではなく、空間の観点に立ち、独特なリブ形態が、段形ホールという特殊な建築タイプによって規定されている可能性を検討したい。ところが、他の段形ホールの作例を観察すると、そこに見られるネット・ヴォールトは、概して簡潔なものである。例えばグラーツ大聖堂(注10)は、皇帝フリードリヒ三世の宮廷礼拝堂として建設された、シュテファン大聖堂と近い関係にある作例だが、そのネット・ヴォールトは、直線を交差させた均質な網状である〔図6〕。また、皇帝が造営を支援したケルンテン地方マリア・ザールの聖母被昇天聖堂(注11)のヴォールトも、菱形を主体としたものである〔図7〕。段形ホールの特質は、高身廊がもたらす力強い方向性にあり、これは、直線を交差させただけの明快なネット・ヴォールトによってこそ、最大限に発揮されよう。したがって、シュテファン大聖堂外陣の、不明瞭といえるほどに入り組んだネット・ヴォールトは、段形ホールのコンセプトに準じたものとは言い難い。さらにいえば、側廊で身廊のモティーフを半分繰り返し、両者を再統合させるかのような処置は、段形ホールが生み出した段差の否定とも捉えることができる。外陣はあたかも、異なった複数の志向の下に形成されているかのようである。3.二人の棟梁シュテファン大聖堂の外陣空間は、いかなる構想の下に創出されたのか。結論から述べるならば、外陣ヴォールトの架構には、二人の棟梁が関わっていた。まずは、― 263 ―

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