鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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た人物像が描かれ続けた。この人物像の発想源として、堀井はデパートのマネキンや古道具市で見たフランス人形、文楽人形などを挙げている。しかし筆者は、ハンス・ベルメール(1902−1975)とパウル・ヴンダーリッヒ(1927−2010)という、ヨーロッパのシュルレアリスム系列の二人の作家の人物表現が、造形上の影響として強いと考えた。これまでにもベルメールやヴンダーリッヒと堀井の類似性が指摘されたことはあったが、具体的な影響関係は分析されてこなかった。以下に事実関係を検証したい。⑶−1 ベルメールの影響ハンス・ベルメールは、ドイツ出身の画家であり、同時に人形作家、写真家である。人体の関節部分を球体で表現する球体関節人形の創作家としてアンドレ・ブルトンらパリのシュルレアリストに歓迎され、日本では澁澤龍彦が紹介役となり名が広まった。《閉ざされた部屋》シリーズからは、このベルメールの作品を想起させる人形のような人物像が登場する。例えばNo.4〔図10〕に登場する、顔の下半分が肩に隠れるように首を曲げたポーズの人物は、ベルメールの有名な写真《人形》(1934年)〔図11〕のポーズを連想させる。この写真は1960年代から1970年代の日本の雑誌や書籍で度々紹介されており(注7)、堀井が目にした可能性は充分ある。またベルメールは、人形の写真のほか素描や版画についても同時代の日本で注目を浴びており、デフォルメされた女性の体が流麗な曲線で表された作画〔図12〕は、堀井の中性的な人物像に比べエロティックではあるがフォルムが類似している。堀井がベルメールの素描や版画の実物に触れた可能性として、堀井がデビューした1967年に銀座の南天子画廊で行われていた「ハンス・ベルメール展」(2月6日〜18日)に立ち寄っていた可能性は高い。そのほかベルメールに関する文献や展覧会は当時の国内資料に散見され、それらを堀井が目にする機会は多かったはずである。なお、堀井の蔵書に『THE DRAWINGS OF HANS BELLMER』(1966年)があったことも、堀井がたしかにベルメール作品を意識していた証拠となるだろう。⑶−2 ヴンダーリッヒの影響パウル・ヴンダーリッヒは、ベルメールよりも二回りほど世代の若い、ドイツ出身の画家・版画家である。ベルメールの版画は銅版画中心であったのに対し、石版画を主とし、過去の美術史上の作品を引用したり写真の技法を駆使したりして、理知的ながらエロティックで頽廃的な人間表現を特徴とする作品を制作した。― 275 ―

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