鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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【Ⅰ期 12〜13世紀】研 究 者:金城学院大学 文学部 准教授  龍 澤  彩はじめに本研究では、平安末期から江戸時代初期の絵巻に見られる「画中詞」に着目し、その機能について考察する。画中詞には、その作品が制作された当時流行していた歌謡や口語表現などを見ることができ、詞書が「書き言葉」であるとすれば、画中詞は「話し言葉」に近いと言えよう。画中詞をともなう絵巻は、「本の文化」と「声の文化」の融合であるとも捉えられるのではないだろうか。平安時代12世紀に制作された「源氏物語絵巻」の「東屋一」(徳川美術館蔵)には、物語を耳で聞きながら絵を見る浮舟の姿が描かれているように、物語絵を「見る」という行為には、「聴く」という行為を伴う場合がある。物語自体の伝承も、口承・語りなどの行為と不可分であるが、物語絵の表現として画中詞が享受され、ある一時期盛んに制作された背景には、その絵巻を受容した人々が慣れ親しんでいた、「声」をともなう物語享受のあり方が反映されているのではないだろうか。本論ではこの観点から、画中詞をともなう絵巻と「声の文化」との関わりについて見ていきたい。1.中世絵巻における画中詞以下、画中詞を伴う絵巻の主要作例を、時代順にまとめる。(注1)この時代の作例としては、「彦火々出見尊絵巻」(現存は江戸時代の模本・明通寺ほか蔵・12世紀末)・「華厳宗祖師絵伝」(高山寺蔵・13世紀)・「能恵法師絵詞」(広隆寺蔵・13世紀)・「天狗草子絵巻」(永仁4年〈1296〉)が知られている。画中詞を伴う絵巻の現存作例として最も古い作品は「華厳宗祖師絵伝」であるが、「彦火々出見尊絵巻」の江戸期の模本には画中詞があり、12世紀末の制作と考えられているその原本にも書き込まれていた可能性が高い。「彦火々出見尊絵巻」の画中詞は「〜ところ」などの状況説明であり、画中詞が出現した原初の状態を示すとされている。山本陽子氏は、ここに見られる「〜ところ」という表現について、変相図の変文、或いは屏風歌の歌題および図様の説明に用いられた表現との関連を指摘している(注2)。「華厳宗祖師絵伝」も状況説明が主であるが、「やあのふねしはし(や、あの― 305 ― 絵巻における画中詞の研究─物語絵享受史への一視座として─

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