【Ⅱ期 14〜15世紀】舟しばし)」などの台詞が見いだせる。また、読む順に番号が振られるのも、後世の画中詞に受け継がれていく記述方法である。絵巻という媒体において画中詞が果たす役割が大きくなるのは「天狗草紙絵巻」である。本作品の画中詞については、下原美保氏が詳しく分析している(注3)。同氏は、先行する「彦火々出見尊絵巻」や「華厳宗祖師絵伝」に比べて、「天狗草紙絵巻」では口語表現や、パロディーをともなう和歌の記述が目立つことを指摘し、それらは後世の御伽草子絵巻などに受け継がれる特徴であるとする。また、異本である「魔仏一如絵」の詞書にルビがあることに着目し、「天狗草紙」の原本は絵解きの為に制作されたのではないかと推測している。絵巻の詞書にルビが付くことはむしろ稀であるが、だからこそ、声に出して読み上げるための本であったことを示していると言えるだろう。画中詞もまた、絵解きに活用された可能性がある。また、「声の文化」と「本の文化」の融合という点では、遡る12世紀末、後白河院による『梁塵秘抄』の編纂などにも見ることができ、同時期の「彦火々出見尊絵巻」に画中詞が出現している点は興味深い。この時代の作例としては、「法師物語絵巻」(個人蔵)・「十二類合戦絵」(個人蔵)・「是害房絵」(泉屋博古館蔵)・「掃墨物語絵巻」(徳川美術館蔵)・「福富草子絵巻」(春浦院蔵)・「十二類絵巻」(個人蔵)「矢田地蔵縁起絵巻」(矢田寺蔵)・「善教房絵」(サントリー美術館蔵)・「尹大納言絵巻」(福岡市美術館蔵)などが知られている。Ⅰ期の作例に見られる状況説明の記述よりも、会話を記すことが主要な目的となっている。Ⅱ期と続くⅢ期における、「声の文化」と「本の文化」の融合を考える場合に重要な要素として、「読申」という物語享受のあり方があげられよう。天皇や皇族に対して、公家が物語を読む「読申」については、伊藤慎吾氏についての詳細な論考がある(注4)。同氏は、特に後土御門天皇朝における読申の記録をまとめ、『太平記』や『源氏物語』のほか、「善光寺縁起絵」「石山寺縁起絵」「春日霊験絵詞」などの絵巻も読申の対象となっていたことを明らかにしている。また、その場合、天皇の側に絵を正対させ、読み上げる方は逆さに見ながら音読していた様子も、文献史料から窺えることが指摘されている(注5)。記録に見られる絵巻は社寺縁起が目立つが、中には「枕草子」(『実隆公記』文明15年9月5日条)や、単に「絵詞」とのみある記事(『十輪院内府記』文明12年8月22日条ほか)もあり、扱われた絵巻は多岐にわたっていたようである。こうした読申に画中詞が活用されたという確証は得られないが、つとに指― 306 ―
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