鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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研 究 者:目黒区美術館 学芸員  和 田 佐知子はじめに1.モーリス・ドニの教会装飾と宗教芸術論モーリス・ドニは《カトリックの神秘》(1889年)をはじめとする最初期の作例から晩年にいたるまでキリスト教を題材にした絵画作品を残している。さらに聖なる光景に画家の家族が描き込まれるなど、聖俗の境界は曖昧ですらある。ドニが20世紀の宗教画家と称されるのは、その作品数のみならず、1919年にジョルジュ・デュヴァリエールとアトリエ・ダールサクレを創設し、キリスト教美術の振興に大きく寄与したためだと考えられる。しかしながら、ドニが手掛けた教会装飾とそれに基づく理論の考証は、いまだ十分になされてはいない。この度の調査では、モーリス・ドニの孫娘であり研究者でもあるクレール・ドニ氏、そしてアトリエ・ダールサクレの研究者であるファビアン・スタール氏の多大なるご協力のもと、パリ近郊に現存するドニが内部装飾を手がけた教会を可能な限り調査した。ドニが手掛けた教会堂はフランスやスイスの広範におよび、限られた調査時間ですべてを網羅することは残念ながら叶わなかった。さらに個人所有の礼拝堂や現19世紀から20世紀にかけて活躍したフランス人画家モーリス・ドニ(1870−1943)は、キリスト教に関する主題を数多く扱い、また後半生には宗教画のための画塾「アトリエ・ダールサクレ」を創設するなど、20世紀を代表する宗教画家として知られている。一方、それにつづくドミニコ会修道士マリー=アラン・クチュリエが主導したアール・サクレ運動は、両大戦によって荒廃したフランス各地の教会の再建という大義を背に大きな盛り上がりを見せ、宗教芸術にモダンアートを取り入れた革新者として、高く評価されている。こうした文脈にあって、モーリス・ドニはどのような立ち位置を占めているだろうか。あくまでその扉を開いたという役割にとどまり、その仕事は詳細に語られていないのではないか。この疑問に立ち、本調査ではドニが20世紀の宗教美術に果たした役割を検証することで、その後につづく展開を再考する機会とした。近年、ドニの教会装飾、アール・サクレ運動それぞれに関する丹念な調査研究が発表され始めている(注1)。各領域をつなぐ線を発見をすべく、まず可能な限りドニの教会装飾の作例を実見し、つぎに『アール・サクレ』誌に掲載されたドニに関する言説を検証した。― 371 ― モーリス・ドニの宗教画塾と20世紀フランスにおける宗教美術

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