のデザインも並行して行われた(注5)。《聖パウロの生涯》〔図4〕は半円形のカンヴァスに、左から「サウロの回心」、右に「パウロの殉教」、そして中央には古い帆船に乗り、右手を高く上げて船上の人々に説教をするパウロが描かれている。ここでも、船上にはマイヨールなど地中海と縁の深い同時代の人物が描き込まれた。本作品では、先の二例とは大きく異なる色彩と構図がとられている。まず目を引くのは、夕焼けのような派手なバラ色。サーモンピンクはそれまでも度々用いられてきたが、比較的落ち着いた質感の、全体と調和する柔らかな色調であった。しかしここでは、濃い鮮やかな青色と対比するように配置され、色彩のコントラストが強調されている。さらにそれまであまり描かれることのなかった広い空と海によって奥行きが強調され、背景を重ねるように仕上げられた先行作品とは一線を画している。この聖パウロ教会での描写、とくに色彩に関しては、トノンのサクレ=クール教会につながるものと位置づけられるだろう。ル・ランシー:ノートルダム教会ヴァンサンヌ:聖ルイ教会ヴァンサンヌはパリの外れ、ヴァンサンヌの森に隣接する町である。聖ルイ教会は1923年、ドニはパリ近郊ル・ランシーの町に新たに建設される教会堂のためのステンドグラス原画を制作する(注6)。ル・ランシーは増加する労働者たちのベッドタウンとして発展を遂げていた。建築家オーギュスト・ペレが好んで用いたプレキャスト・コンクリートによる意匠は、20世紀のサント・シャペルに例えられる記念碑的作品である。コンクリートが枠を兼任する形で壁一面に幾何学文様のステンドグラスがはめ込まれ、その中央にはドニの原画による10枚の大きなステンドグラス《聖母マリアの生涯》〔図5〕が設置されている。ステンドグラスの制作はマルグリット・ユエの手によった。ステンドグラス原画と絵筆による壁画を同じ次元で語ることは難しいが、ドニは聖堂全体を覆う幾何学文様を適切に考慮し、《聖母マリアの生涯》では物語が伝わるよう写実的な表現をとっている。色彩は壁面全体の雰囲気に合わせた赤が支配的で、そこに薄い緑や青、白を効果的に用いることで、物質感の強いコンクリートの聖堂内に優雅さを導入している。ここでの仕事は、建築とステンドグラスという制約の中で生み出されたが、幾何学的な表現に対するドニの回答が見られる点で興味深い。― 374 ―
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