鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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の自覚だった。福音の中に生きることで、信仰と生活と芸術の統合が実現すると考えた。その上で宗教芸術に欠かせない要素は、静寂と詩情であるとし、人物表現によって観者の心を動かす力、すなわち感動が不可欠であると述べている。それには感情表現の誠実さ、色彩の美しさ、形態の正確さ、マチエールの確かさ、そして主題が重要であり、自身が理解できないもの、即興的で乱雑な表現を神の家に捧げるべきではないとした。ドニは新しい表現、同時代の表現を取り入れることには寛容だった。というのも、教会は時代とつながるべきであり、宗教芸術の危機は同時代美術の危機を映していると考えたからだ。それゆえコンクリートなどの新素材を建築に積極的に取り入れた。また、興味深いことに革新的な宗教芸術として次の4つの表現方法を紹介している。まずは中世美術や原始美術に由来するプリミティフな作品群。これらはゴシックの精神、福音の精神を現代に伝えるものであり、喜びや悲しみといった感情を親しみのある様式によって装飾芸術に昇華させている。さらに、エル・グレコに倣ったロマン主義的表現は劇的な感情表現に適しており、またピュヴィ・ド・シャヴァンヌに連なる新古典的表現は心理描写と装飾性のバランスに優れており、フレスコ画に適しているとした。最後に指摘されているのがキュビスム表現であるが、この大胆な単純化による抽象表現に対し、ドニはかなり否定的である。ビザンティン美術や幾何学理論の影響によって装飾美術の分野でも関心を高めていたものの、こうした新しい価値観は必ずしも新時代の精神、あるいは画家の感性を体現しているとは限らず、一過性のもの、退屈なものと見なしていた。建築的な構造物に適した装飾様式であり、新素材によく合う表現ではあるものの、見る者の感動を呼び覚ますものではないと評価したのである。ドニの主張を念頭に再び作品に向き合うと、確かにそこには画家の理念が反映されている。ル・ヴェジネでは、平面的でありながらも統一された色調によって内省的で神秘的な空間を創出することに成功している。人物も適度な写実性を備えることで、破綻なく舞台の登場人物として機能している。中間期では表現上の揺らぎが見られるものの、理論と表現が一致した成功例として、ル・プリウレとヴァンサンヌの聖ルイ教会が挙げられる。代表作とされるサン=テスプリ教会はどうだろうか。主題を明確に伝えることのできる表現方法、入念な画面構成、正確な人物表現、それ自体はドニが理想とする宗教芸術の要素とみなすことができるだろう。しかし残念ながら、最晩年のトノンでは、色彩と空間が生み出す均衡に綻びが生じてしまっている。― 377 ―

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