鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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は沸き上がるその情熱をそのまま手紙にぶつけている。カーンワイラーはこう返答した。「親愛なるダノンコート。それで、私はなんと返事をするべきでしょうか。すべてはピカソ次第です。私も何度かピカソに、ごく少数の立体作品を購入できないかと打診したことがあります。ですが、彼は決してそれらを売ることに同意してはくれませんでした。いずれにせよ、ピカソに掛け合い、説得を試みてみましょう。ただし、どう反応が返ってくるかはまったくわかりません…とにかく、できることをやってみます。早急にリストを送ってください。」(注16)ピカソと長い間信頼関係を築いてきたカーンワイラーのこの返答からも、ピカソがいかに自らの立体作品を大切に所蔵し、それを容易に譲ろうとしなかったかがわかる。カーンワイラーからの精一杯の返答に対して、バーが後を引き継ぎ、返答とともにリストを送付している。「(…)われわれMoMAが所蔵しているこれら50点のピカソ作品は、ピカソ自身のコレクションを除けば、世界でもっとも重要なピカソ絵画のコレクションであると信じています。しかし、それでは立体はどうでしょう? 他のどんな美術館よりも優れたコレクションであると、わたしは、思っています─ただし、たったの7点です!(…)我々は二つの点において不遇なのです。第一に、この偉大なる美術館の、最も優れたピカソコレクションが、絵画と立体のバランスを欠いていること。第二に、海を隔てた、ピカソの作品が最も望まれているこのアメリカにおいて、人々に対して優れたピカソの立体作品を公開するべきであるということです。」(注17)この返信に添えられた、MoMAが獲得を希望しているリストの一番上に書かれていたのが、ピカソによって達成されたキュビスムの一種最高到達地点であるとも言えるコンストラクション《ギター》〔図8、図9〕であった(注18)。バーは、1936年に「キュビスムと抽象芸術」展を企画し、キュビスムをモダニズム美術史におけるひとつの重要な核として位置づけた。バー、そしてMoMAにとって、キュビスムの記念碑的作品と言っても過言ではないこの《ギター》が、何にも増して特別な作品であったことは疑いようがない。― 422 ―

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