鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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メイン・ビジュアルとして選ばれたのは、MoMAがあれほどまでに求め、初めての展示を勝ち得たコンストラクション《ギター》ではなかった。ポスターや展覧会場に掲げられたバナー、招待状を飾ったのは、1954年に制作された金属板彫刻《シルヴェットの胸像》であった〔図10〕。《シルヴェットの胸像》は、薄い金属板を少女の頭部の形に切り出し、折り曲げることで自立させた立体作品である。1954年にこの一連の作品が制作されたのを皮切りに、ピカソは1960年代を通じて同様の作品を数多く制作した。この、まるで折り紙のような、限りなくボリュームを排除した立体作品こそ、ピカソ最晩年の立体作品を特徴付ける代表作と言っても良い。金属板は白く下塗りされ、その上に黒の線描で少女の顔が描かれている。この作品は同時期に素描、油絵においても展開されており、絵画が立体へと、そして立体が絵画へと近づくその道筋が見て取れる。《シルヴェットの胸像》は、その形状から、確かにキュビスムのコンストラクションを思わせる。それはグリーンバーグの言うとおり、単なる過去の焼き直しなのだろうか。ピエール・デクスは《シルヴェットの胸像》が、1912年の《ギター》の系譜に連なる作品であると指摘している(注21)。デクスによれば両者はともに、確かに絵画という二次元から出発していること、そして空間に対し「開かれた形態」を持つ特徴を共有しているのだという。確かに、両者にはいくつかの造形上の共通点が見て取れる。両者が絵画から出発していることは、コンストラクションとパピエ・コレが並んで壁に掛けられたアトリエの写真を思い返しても、また、先述したような《シルヴットの胸像》の制作までの軌跡を見ても明らかである。しかしながら、この幾つかの共通点をもって、ピカソが1910年代のキュビスムの亡霊にとらわれ続け、進化を止めたと結論づけるのは早計であろう。《ギター》は、楽器の指板の部分や、楽器の前面に当たる部分的なピースを、小さく切り出したカードボードによって再現し、全体をつぎはぎのように構成されている。こうすることで、それまでのブロンズの丸彫彫刻では実現し得なかった、量感から開放された立体作品が実現したのである。量感として示されるはずのギターの厚みや奥行きは、空虚であることによって象徴的に示される。その空虚な空間を生み出しているのは、「折り」の構造である(注22)。別の《ギター》において、明確な「折り」の手法と作用は、ギターの指板の下に配置された弦の渡る部分に見られる〔図11〕。指板に接続されたパーツの下部が、90度― 424 ―

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