内側に向かって折り曲げられているが、これにより、ギターのボディ最背面となるパーツと、この台形のパーツの間には空間が保持される。この空間こそが、ここでは空虚であるにもかかわらず、逆説的にボリュームを表すものとして作用しているのである(注23)。しかしながら、このコンストラクションは、自立性という点においては「立体」と呼べる域に達しているとは言えないだろう。先に挙げたピカソのアトリエの写真に見られるとおり(〔図1〕参照)、これらのギターはしばしば壁に立てかけられ、あるいは吊されることでのみ垂直に立つことが可能になる。ギターは、パピエ・コレという二次元平面と密接に関わり合う中で生まれ、ともすれば再び二次元平面へと収斂されていく可能性を思わせることで、その出自を雄弁に物語っている。一方で《シルヴェットの胸像》は、どのような構造を持っているだろうか。1954年のスケッチブックには、シルヴェットという名前の少女の、高く結ったポニーテールの造形に魅せられたピカソが残した何枚ものスケッチが記録されている〔図12〕。これらのスケッチはやがて、まるで画面から切り抜かれたように、その支持体を金属板に変えて立ち上がる。その際に、この立体作品を自立せしめるのは、他でもない「折り」の構造である。波形に折られることによって、《シルヴェットの胸像》は確固たる自立性を持って立ち上がる。あくまでもボリュームを排し、平面性を保ちながらも、この胸像には、ギターの持っていた、今にも二次元へと収斂されてしまいそうな境界の危うさは存在しない。これは、限りなく二次元的な性質を保ったまま実現した三次元的立体だと言うことができるだろう。「折る」という構造を共通して有していること、そしてギター同様、彩色がなされずモノクロームによって表現されていることを鑑みても、この《シルヴェットの胸像》のルーツにあるのが紛れもなくキュビスムから生まれたコンストラクション《ギター》であり、かつ両者の間には、限りなく二次元性を保ったままでなおかつ立体という性質をより確固たるものとしようという、ある種の発展が試みられた跡が見受けられるのである。《ギター》獲得に乗り出したバーがカーンワイラーに宛てた手紙をもう一度参照してみたい。「これらリストにあげた作品のうちいくつかは、もっとも我々の興味を引いています。これらは非常にユニークなものです。ピカソはこれらの作品を手元に置いておきたいと思っていることでしょう。しかしながら、これらは絵画にも増してユニークなものです。さらに言うならば、この《ギター》と《腕をひろげる女》― 425 ―
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