鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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特徴が挙げられる(所蔵先の他に、フリートレンダーとローゼンベルクのカタログ番号も記載する(注3))。縦長のフォーマットの絵画の舞台となっているのは、非現実的で奇妙な室内である。絵画空間は、前景の石造りのテラスのような部屋と後景の開口部から臨める白昼の風景に二分される。岩壁に建つ城館と豊かな森は、クラーナハ作品の背景に多用されるモチーフであり、ドイツの地誌的な風景との結びつきがみられるが(注4)、対照的に室内の方はそのような特定性を欠いている。テーブルの上にある葡萄を盛った大皿とワインが注がれた杯、開口部から室内に伸びる林檎などは、通常は原罪やキリストの受難を示すモチーフとして使用されるものである。静穏な光景を破るものとして、雲から現れる野獣に跨った魔女の行列〔図6〕が挿入されている。この空間に配置されているのは、宮廷婦人を思わせる装いをした有翼の女性、4人のプットー、2匹の犬(プットーに苛まれる犬、クッションの上で眠る犬)である。1528年作は女性の着衣の色から「オレンジのメランコリー(Orange Melancholy)」と呼んで区別されることもあるが(注5)、構図のみならずコンパスや螺子止めなど芸術家、あるいは幾何学の擬人像を象徴する道具がある点で《メレンコリアⅠ》と最もよく似ている。術館)《メランコリー》(FR.227、コペンハーゲン、国立美術館)この2点に関して、制作の前後関係は不明である。しかし〈メランコリー〉以外の作品においても、デューラー作品を参考にして同主題の作品の構成に変更を加えながら制作されているが、果物皿の載ったテーブルや縦長のフォーマットという1528年作のモチーフや構成と重複している点から《メランコリーの寓意》〔図2〕を第2作であると位置づけたい。これはシリーズの中で最も有名な作品であり、やはり女性の着衣の色から「赤のメランコリー(Red Melancholy)」という呼称が定着している(注6)。テーブルには黄金のゴブレットが置かれ、前作よりも開口部が縮小した代りに壁に奇妙な形の窓が開いている。すでに芸術家の活動を象徴する道具は消え、球だけがその名残を留めている。犬は一匹に減り、プットーは犬の相手をせずにブランコ遊びをしている。「赤のメランコリー」の特徴は他の3作とは異なり、女性がハーブを編んだ草の冠を被って鑑賞者の方を注視している点である。⑴1528年作:《メランコリーの寓意》(FR.228B、スイス、個人蔵)⑵1532年作:《 メランコリーの寓意》(FR.228A、コルマール、ウンターリンデン美― 445 ―

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