鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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(財布)と山鶉の番、そして宮廷人を囲んだ魔女の群れ〔図7〕である(注7)。これら2作の1532年作に共通するのは、女性が腰に吊るす飾りのついた黒い巾着以上のような違いが4作内でみられるが、本稿では女性擬人像と魔女の行進という点に着目したい。デューラーの銅版画では、「頬杖をつく」という憂鬱質の伝統的図像を用いているが、クラーナハ作品ではそれは採用されず、「棒(杖)を削る」姿で表されている。また、《メレンコリアⅠ》の左上に描かれている蝙蝠、虹や彗星が、魔女の行列へと変更されているのも興味深い点である。先行研究では、この違いをルネサンス人文主義と中世キリスト教神学を継承した教義に基づく「メランコリー」観を視覚化したものであると説明している(注9)。《メレンコリアⅠ》は、アリストテレスの『問題集』30巻の1に基づいたフィチーノやアグリッパの思想を反映し、サトゥルヌス的な天才気質の「思索する芸術家」を表したものとみなしている。それに対しクラーナハ作品では、メランコリーを悪魔の所業とみなすルターの教義に基づき、キリスト教の七つの大罪の1つ、「倦怠(アケディア)」第3作は横長のフォーマットに変更され、前2作に共通であったテーブルは姿を消している。開口部から臨む風景の中に、迫りくる軍隊が描かれていることが特徴的である。有翼の女性、ボール遊びをする3人のプットー、犬と最低限のモチーフしか残っていないが、第3作の女性は唯一灰色の勝った装いをしており、黒のクッションに腰をかけ、そして他の3作の暗い青の翼に対して白い翼を具えているのが特徴である。もう1点の1532年作と区別するために、この作品を「灰色のメランコリー」と呼ぶことにする。⑶1533年作:《メランコリー》(FR.228、ニューヨーク、個人蔵)第4作では、有翼の女性以外のモチーフは大きく変更されている。開口部は非常に小さくなり、完全に室内の情景に移行している。前作まで残っていた球も消え、殺風景な空間となっている。プットーの数は15人に増え、輪になって踊る者、楽器を演奏する者、眠る者とグループを作っている。これは現在失われたマンテーニャのデッサンとの類似関係が指摘されている(注8)。犬は姿を消し、室内の上部を異形の群れが占めている。この異形の群れもまた前3作とは大きく異なり、牛や山羊に乗った魔女のみならず蛙や竜、マントに乗った魔女と騎士などモチーフに広がりが出ている。その黒雲に老人の頭部が現れ、その口から「MELLANCOLIA」という言葉が噴き出されている。― 446 ―

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