えられる。またシリーズにおいて、魔女の持ち物として二股のフォークや糸巻き棒がよく登場している(注15)。二股のフォークは、ハンス・バルドゥング・グリーンの《魔女の宴》〔図10〕などの作品でも魔女のモチーフとして馴染み深いものである。同じく糸巻き棒は、イスラエル・ファン・メッケンの木版画《パンツ合戦》〔図11〕などで描かれている。これは伝統的に家庭における良き主婦の手仕事を象徴すると同時に、女性特有の武器としても表されている。この場合、いわゆる「悪い女」を象徴する小道具となり、良妻か悪女かという女性の捉え方によって意味の反転した道具となる(注16)。このような価値観やモチーフを採り入れて、クラーナハは1526年頃に《聖職者を襲う女たち》〔図12〕というペン画を手がけている。女性たちがフォークや糸巻き棒を手にして、聖職者たちに襲い掛かっている。「悪い女」の見本であるこの作品は、連作にみられる「野蛮な狩猟」と同じテーマである。ディアナなど古代の女神や魔女たちは、男性が鹿や猪を狩るように男性を獲物として追い立てている。よって、シリーズにおいて魔女の空中飛行の細部が変化しているという点を鑑みると、一般的に悪魔としてとらえられる異形の群れの中に次第に男性を堕落させる女性という要素が混じってきていることが分かる。つまり、サトゥルヌスの支配下にある逸脱者という記号15、16世紀のヨーロッパにおいて民間信仰として色濃く影響を与えていたのは、占星術であった(注13)。1480年頃に著された『ハウスブーフ(家の書)』は、古代の体液説に基づいてそれぞれの惑星の支配下にある人間の性質や職種を表したものである。そのうち「土星とその子供たち」には魔女が含まれており、松葉杖をつく老女として表されている。魔女は、サトゥルヌスの否定的側面を表すものであったのである。魔女を主題とした作品にはサバトの情景がよく描かれるが、そこには空中飛行も多く見られる(注14)。当時のドイツでは、嵐の夜に魔女が率いる死霊の群れが「野蛮な狩猟」をして狂騒的な騒ぎを繰り広げると恐れられていた。デューラーの1500年頃の《山羊の背に乗る魔女》〔図8〕では、魔女は好色と悪魔の表象である山羊の背にまたがっている。下肢が魚となっているために、土星と関連のある山羊座をも象徴しており、魔女と土星の結びつきが強く表れている。クラーナハはサバトや魔女を主題とした作品は制作していないが、1515年の『マクシミリアン1世の時禱書』の頁の欄外に、《野蛮な騎乗者》〔図9〕を描いている。野獣にまたがる魔女の図像には裸体女性や老婆が多く用いられているのに対し、クラーナハは貴婦人を描いている点が特徴である。― 448 ―
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