ノッソス、そしてスキュロス島に、神話上共通するのがテセウスである点から、本作品の主題解釈には、ウェヌス信仰に関する文献だけでなく、例えば、プルタルコスの『英雄伝』におけるテセウスの記述(注8)や、レムノスのフィロストラトスの『イマギネス』で論じられる島の風景描写(注9)等、実在する都市それぞれが持つ地域的特質を叙述した古文献などを網羅する必要性があり、引き続き課題としていきたい。Ⅱ.北アフリカにおけるウェヌス図像の系譜:ウェヌスの神話舞台としての海浜風景まず、北アフリカの世俗舗床モザイクにおけるウェヌス礼讃を主題とした図像を網羅することで、ハイドラの作例がいかに異例であるかと示したい。2世紀末から5世紀までの北アフリカに散在世俗舗床モザイクの海のウェヌス礼讃図像を分類すると、第一に化粧タイプ、第二に戴冠タイプ、第三に化粧タイプと戴冠タイプの混合型である凱旋タイプ、第四にナウィギウム・ウェネリス(ウェヌスの航海)タイプに分類できる。まず、2世紀末から3世紀には、ヘレニスム期以来広く伝搬したウェヌス図像を継承する裸体立像や、身支度をする図像の化粧タイプが挙げられる。3世紀に入ると、ウェヌス信仰の隆盛に伴って、頭上から王冠をいただく「ウェヌスの戴冠」タイプが登場する。また、化粧タイプと戴冠タイプの図像と混合した「ウェヌスの凱旋」タイプでは、ニンブスを背後に配したウェヌスの頭上に、プットーたちが左右からディアデマをもち戴冠の様子を描き、足元の海上にはイルカにのった鏡と小箱を抱えたプットーたちが描かれている。ハイドラのモザイクに最も近い主題の図像として、先行研究においても指摘されているのは、ヴォルビリスで発見された「ナウィギウム・ウェネリス」タイプと呼ばれるもので、船乗りの守護神としてのウェヌスが船に乗り、海馬にのったネレイスを従えて航海をする光景を描いた作例〔図5〕が挙げられる(注10)。おそらくは、アプレイウスの『黄金のろば(変身物語)』の一場面(注11)から生まれたこうした図像タイプが、ハイドラの舗床モザイクの根底にある、大海に浮かぶ島々のあいだを逍遥する着想を与えたのではないかと考えられる。このように北アフリカのウェヌス図像をみていくと、非常に多様なヴァリエーションが認められ、その中には、確かにハイドラの風景図に共通するような、プットーたちとともに、より世俗的な漁猟場面を織り交ぜた日常の海浜風景が描かれる作例、カンパニア風景画の名残を見せる港湾建築物を背景にした作例〔図6〕、あるいはウェヌスの海上での祝祭場面をセッティングする作例〔図7〕など、地誌に対する造形的関心を示している作例が3世紀末以降に登場するが、いずれもウェヌスが構図の中心― 471 ―
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