2 .『ウェルギリウス・ウァティカヌス』の港湾風景:風景画と絵地図の混成した地誌表現古代美術において、都市表現は、ある歴史上あるいは物語の展開上必要な地誌的役割をもっていた。たとえば『ウェルギリウス・ウァティカヌス』(注13)における「シチリア島ドレパヌム接岸」〔図9〕では、建築モチーフを沿岸上に配置することで、物語上不可欠な地誌的状況を表している。すなわちこの場面では、アエネアスのドレパヌム寄港を告げるだけでなく、その他の沿岸都市を建築表現によって示すことで、観者はアエネアスの迂回航路を絵地図上の都市を辿りながら、テキストに対応させてに置かれた図像である。ハイドラでは、ウェヌスが不在であるばかりか、物語的要素も神話的モチーフも稀薄であり、ウェヌス図像の伝統からは説明することができない。よって、ウェヌス所縁の土地を象徴的に図式化した理想的風景図と捉え、地誌的図像の文脈で考察を進めたい。Ⅲ.地誌的描写の編成過程古代末期の複数の風景タイプが混在するハイドラの舗床モザイク《地中海の都市と島々》の、地図的でありながら風景的な地誌表現に着目し、その特異な図像編成の過程を検討する。1.《ノティティア・ディグニタートゥム》:地図上での領土の視覚化ハイドラの舗床モザイクに描かれた都市や島々は、ある目的によって選択された都市を、ひとつの絵画空間のなかで見取り図として示している。このような観念的な世界における地誌という点において、類似するコンセプトをもつ作例として、ローマ帝国の官職便覧《ノティティア・ディグニタートゥム》(注12)の挿絵〔図8〕が挙げられる。ここで、ハイドラの浮島に対応するのは、建築モチーフによって象徴化され、ラテン語の銘によって地名が補足された都市表現である。この世俗実用写本には、ローマ帝国の政治的な支配領域を、視覚的に認識させる目的があった。したがって、ブリタニアの一地方「サクソン海岸堡」を示した挿絵のように、本来は東海岸沿いに位置する諸都市が、その地理的状況を無視して併置され、それがブリテン島という形体のなかに包含されている。ハイドラにおいても、建築や風景モチーフは一度島の形体として、空間を区切られ、浮島自体がひとつのアイコンとなって、図式的な地誌図となっている。― 472 ―
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