鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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物語を進めていくのである。こうした、風景と地図のような風景図レパートリーが、物語叙述と対になって存在し、ハイドラの図像に影響を与えたのではないだろうか。島の表現に着目するならば、ウェルギリウス写本では、島が奥行きをもつ風景として描かれるのに対して、はるか上空から俯瞰的に捉えられた本作品の平面的な島の形体や、輪郭となる海岸線といった本作品の表現は、むしろポイティンガー地図(注14)のような実用地図類から着想を得たとも考えられる。3.「カタログ型」モザイク:北アフリカ舗床モザイクの特徴的作例ハイドラの特色のひとつは、物語叙述のための背景として都市が描かれるのではなく、都市の表出自体が作品の目的となっている点が挙げられる。それは、空間の連続性を断ち切るように、浮き島の平面を画面全体にちりばめる構図造形的側面からも明らかであり、それは北アフリカの舗床モザイクの特徴の一つでもある、「カタログ型」と呼ばれる造形表現に基づいていると考えられる。この形式は、あるテーマに沿ってモチーフを羅列し、それぞれを銘文と照合することで個別化させることを特徴とする。例えば、ラデスの作例〔図10〕は、動物競技に出場させた様々な動物にいわば「ネームラベル(名札)」を付して記録した一覧図であり、アルチブロス(注15)の作例〔図11〕は、穀物や動物を運搬する大型貨物船やガレー船から、小さな漁猟船まで、船形の見本図となっている。特に、ハイドラの近郊に位置し、やはり海からも遠く離れたアルチブロスで、実用としての船の存在がなかったにも関わらず、このような作例が制作されたのは、こうした一覧図が、単なる記録や見本としてではなく、鑑賞者たちに一種の集団的記憶の場や、属州アフリカ社会における人々の文学的素養や文化環境に属したイマジネール(文化的想像力)の作用による観念上の世界を喚起することを意味している。このように、モチーフに銘文が書き添えられ、文字からの連想によって鑑賞者に遂行的な外観を与えることで新たなイメージを喚起させることは、視覚芸術における銘記の重要な機能である(注16)。ハイドラの作例でも、浮き島に銘文がなければ、ウェヌスにまつわる神話や信仰の地であることを連想することは不可能である。したがって、地中海の名所を判じ絵のようにして紐といていくようなある種の知的な娯楽性を有していることがわかる。― 473 ―

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