4 .《コルプス・アグリメンソールム・ロマノーヌム》:世俗実用写本のランドスケープにみる地誌モチーフ上記で論じたカタログ型の造形表現は、銘文を付さなくとも、個々のモチーフが瞬時に理解できるような性格を持っている。それゆえに、本作品の場合では、二次元的な色面である浮島形体が、まずある都市として認識されなくてはならず、よって地誌的な要素を与える必要がある。そこで、都市の環境をセッティングするために、建築や風景モチーフが導入されている。その中心を占めるのが、ランドマークのように各浮島に大きく配される建築モチーフであり、それらは、印象主義的な古代ローマ絵画のイリュージョニスムの名残を留めながら、その形体の抽象化は進んでいるために、ポップ・アップとして浮き上がるような印象を与えている。そして、これらの建築モチーフは、北アフリカの舗床モザイクの海浜風景や港湾風景においてみられる慣習的なタイプが用いられている(注17)。 また、ハイドラの浮島内に描かれる地誌的表現が、先にみた『ノティティア・ディグニタートゥム』や『ウェルギリウス・ウァティカヌス』のように建築モチーフのみによる象徴的な都市表現ではなく、土地台帳をみるかのようなランドスケープを描いているという点を指摘するならば、測量技師便覧『コルプス・アグリメンソールム』の写本挿絵〔図12〕を比較例として挙げられる(注18)。測量教本として使用されたこの写本は、テキスト図解として、測量地域の地勢を記すことが重要であり、それゆえに、挿絵には、絵画的要素と図式的要素が混在している。土地の全体的な空間把握として必要であった山や海、重要建造物などのモチーフは、鳥瞰的に捉えられるのに対して、農地ケントゥリアは、測量的視点からみられたダイアグラムとして平面的、幾何学的に描かれている。例えば、ハイドラにおいて、キュテラ島などでみられるブドウ棚の表現は、碁盤目状の形体として、幾何学的に描き出されているのは注目に値するといえる。よって、『コルプス・アグリメンソールム』と同様、ハイドラにおいても、地誌を構成するモチーフ自体は、慣習的な表現であるにせよ、それぞれのモチーフが孤立し、個別に背地に充填されながら、浮島ひとつひとつに地域的特質を与えようとする意図がみられることが指摘できる。5.《ラティフンディア・サイクル》:北アフリカのヴィラ建築の表現地誌的描写をモチーフごとに観察すると、確かに世俗実用写本との関連が見いだすことができる。しかし、本作品の風景表現、その全体像に近づくには、また別の図像ルーツ、すなわちヴィラ(別荘)建築を中心に描かれる北アフリカ特有の舗床モザイ― 474 ―
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