鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
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クに触れる必要がある。「ラティフンディア・サイクル」(注19)と名付けられるこの図像サイクルは、これは大土地所有者の富を象徴する邸宅の建築表現を中心に、それをとりまく農場などの所領地をパノラマ風景として描く一連の図像を示す。その発展した作例は、「様式化された写実風景」と称されるタバルカの舗床モザイク〔図13〕に現れる。ここでは、人物を含む情景描写は消え、風景の関心は建築表現へと集中している。所領地での人間の生活風景という「ラティフンディア・サイクル」が持つ本来の主題が、画面中央を占める建築モチーフのみで象徴的に表されるのである。さらに邸宅を取り巻く鳥や木々までもが、ここではいわば装飾パターンと化し、説明的な配置をとって、一種の理想風景を生み出している。こうした建築表現の象徴的価値は、海浜風景のなかでも徐々に昇華されている。特に「港湾風景」の遠景描写に起源を遡るこうした建築表現が、遠景から近接的な描写として展開する過程(注20)をみていくと、その風景は、やや過剰なかたちで、ヒッポ・レギウスの作例〔図14〕(注21)へと発展する。ヒッポ・レギウスでは、凱旋門、橋、劇場、アーケードのある建造物といった港湾風景には似つかわしくない都市中心部を示す多様な建築モチーフが、ヒッポ・レギウスの名物岬である獅子岩という実在する名所を交えながら、風景としての空間の繋がりを断絶するかのように、海上から個別にたちあがっている。しかしながら同時に、この海浜風景には、トリトンが棲息しており、僅かな神話的な情緒を残している。よって、ヒッポ・レギウスにおける現実的関心に裏付けられた地誌は、建築表現によっていったん遊離しながらも、神話世界をもう一度理念化するという二重の性格を備えているといえよう。再びハイドラのモザイクに転じてみるならば、やはりここでの海浜風景も「海のウェヌス」図像の伝統を引き継ぎ、ウェヌスのための舞台設定、すなわち魚介類に溢れ、プットーたちが戯れる情景を生んでいる。しかし同時に、浮島内には人物形象は現れず、その上、地誌的要素をもつ建築や風景モチーフが、意匠化されることによってより抽象的な地誌表現が創出されている。そのため、無人の風景の象徴的意味、ウェヌス不在の地誌表現と捉えることができる。おわりにハイドラの舗床モザイク《地中海の都市と島々》では、互いに異なる起源をもつ、様々な造形の伝統が、舗床モザイクのなかにおさめられ、継承されている。一方では、地方的主題をあつかう現実的な意向による地誌を意図し、その一方では、象徴的な地誌的図像への創造へと向かっており、その二つのコンセプトが混交した地誌表現と捉― 475 ―

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