私たちは、画家から提供された不明瞭な指標や感覚的な材料に反応しながら、靄のたちこめる絵の世界を自由に歩き回ることができるだろう(p. 124)。第三に、ケイヒルが先に南宋の作品について述べた章で「詩的絵画」として分類する4つの主題を挙げる。①隠棲(p. 58)・②旅中の一連の行動(歩行・騎驢─酒店などでの休憩─旅の再開など)(p. 61)・③旅中の間適(景色の特別な事象に足を止め、味わう)(p. 64)・④帰宅(自宅あるいは隠棲の地に帰り安寧のくらしを再開する)(p. 67)である。この詩的絵画の伝統が、明末蘇州派の画家、さらに江戸時代の文人画家に継承されたという。前項で採り上げた〔図1〜4〕は、この①〜④に対応するよう、ケイヒルが提示した多数の作例から筆者が意図的に選択、配列したものである。各図と同じ分類に含まれる南宋画をケイヒルの掲げた作品群から選び、盛茂燁の作品に並べて示す〔図5〜8〕(注13)。①〜④の主題のうち2つが旅に関わることは重要である。ケイヒルによれば、陸游・范正大といった南宋の詩人は旅中の事象について散文で記し、詩に詠じた。明末に至って旅と旅の文学が流行し、徐霞客・袁宏道ら旅を好んで随筆や詩を残した著名な人物が登場する。しかし、興味深いことに中国では、松尾芭蕉が記した詩的旅日記のように随筆と詩が融合することはなかった。ただし、旅は詩の基盤をなすものであった。例えば袁宏道の旅は、詩的霊感を与える土地への巡礼として行われたのである(pp. 115−117)。また④の主題において農夫や樵、漁夫、牛飼などを描きこむことは、情景の郷愁を強めるという。ヨーロッパでも田舎風のイメージは失われたアルカディアの表象として機能している。王維ら唐の詩人たちは、同様の帰宅のイメージを用い、人間が本質的で自然なものに回帰することを意味している(pp. 68−69)。なお、ケイヒルが〔図2〕に隠棲・旅という2つの主題を指摘したように、詩的絵画の4つの主題はしばしば複合して表現される。〔図3、4〕においても同様である。4 日本の文人画との関係今回の研究では、当初、予定した、中国画と日本の文人画との関係を精査するまでに至らなかった。それらは今後の課題とし、見通しを述べたい。ケイヒルによる詩的絵画の4分類、すなわち隠棲や旅、帰宅をテーマとした蕪村の作品が容易に思い浮かべられるだろう。ケイヒルが挙げた多数の作例以外にも、隠棲=「十宜図」(川端康成記念会)の「宜雨」、旅中の行動=「四季山水図」春、旅中の閑適=「(同)」秋、帰宅=「(同)」冬などが挙げられる(注14)。とりわけ「宜雨」― 495 ―
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