研 究 者:神戸大学大学院 人文学研究科 研究員 田 林 啓はじめにシルクロード、西域南道の一大仏教都市としてかつて栄えたホータン(于眞)の仏教美術の実態については意外にも広く知られていない。それは、クチャやトルファンと異なり、石窟のような形で現地に仏教美術を保存し、研究者に土地と作品の結び付きを想像させるための資料となる遺址がほとんど存在しないことが一つの原因であろう。そのため、ホータン美術の調査・研究の一級資料は20世紀初頭のA・スタインや大谷探検隊が作成したものであるという最近までの状況を生み出した。しかし、ここ15年程の間に日中共同の発掘調査の報告が続々と発表され(注1)、ホータン美術研究を前進させるに足る或いは再検討を迫る資料の紹介もなされるようになってきた。とりわけ著名なダンダン・ウィリク遺跡などの従来知られてきた砂漠中の遺址から南方に約90キロメートルの現国道付近に位置するタマゴゥ仏寺群の存在が新たに知られるようになったことは大きな価値を持つ。ホータン仏教美術の性質をこれまでとは異なる視点で見極める上での貴重な資料が加わったのである。この度の研究助成によって筆者もそのタマゴゥ仏寺を精査する機会に恵まれた。以下、タマゴゥ作品を中心に用いてホータン美術の性質の解明に寄与すべく論を進めていきたい。1、タマゴゥ作品の概要タマゴゥ仏寺遺址はホータン地区チラ(策勒)県のタマゴゥ(達瑪溝)郷に存在する。新たに発見された主な仏寺は4つあり、トプルクドン1〜3号、カラドン1号と名付けられた。現在トプルクドン1号寺址の周囲を建物で囲み、そこを「達瑪溝小仏寺博物館」とし、各寺址から出土した壁画等の遺物を展示している。トプルクドン1号寺址は、寺の当初の様子を不完全ながら留めている。南向きに建つ、博物館の名称通りの小寺であり、南北2メートル、東西1.7メートルである。北壁には頭部、腕先を欠いた塑造の仏坐像を残しており、塑像の背後には左右各々1体の立仏を描く〔図1〕。塑像は、宣字座の上に蓮台を重ね、その上に結跏趺坐する。赤褐色の袈裟を通肩に着け、腰の括れがはっきりとしており、肩幅よりも広く開いた膝へ向けてのラインにメリハリがある。東西壁にも二体の立仏が大きく描かれ、その周囲には坐仏や菩― 513 ― 中国新疆ウイグル自治区ホータン地域出土の仏教美術に関する調査研究─中国甘粛地域の仏教美術との関係を踏まえて─
元のページ ../index.html#524