研 究 者:吹田市立博物館 非常勤学芸員 寺 澤 慎 吾1.はじめに本研究は、参詣曼荼羅の図像と描写について、作品の詳細な調査を元に、制作工房の同定や他の工房の図像及び描写との関連を研究するものである。参詣曼荼羅は、寺社の伽藍景観や儀礼・縁起を表わす図像、そこへ参詣する人々などが描かれた大画面掛幅絵画の一ジャンルである。作品は100点以上が現存し、主として中世末期から近世初期という短期間に制作されたと考えられているが、制作年代が明確な作品はほとんどなく、また、絵師や制作地なども判明していないなど不明な点も多い。これまで参詣曼荼羅は、美術史の分野では等閑視されがちであったが、筆者は、上記のような問題の解明は、同時代の絵画史研究の進展に寄与すると考えており、参詣曼荼羅の中でも相互の関係性が明瞭に表れると思われる工房制作の作品を中心に調査研究を進めている。今回は、調査の成った新潟県佐渡市に存する2幅の「那智参詣曼荼羅」を取り上げる。那智を描いた参詣曼荼羅は参詣曼荼羅の中でも最も多く、30例を超える作品が知られている(注1)。一つの景観を描いた参詣曼荼羅がこれだけの数存在するということは那智参詣曼荼羅に何らかの規範性があったと考えられ、その調査研究は殊に重要であろう。両幅とも、室町時代末期に佐渡へ持ち込まれたという伝承をもっており、また、佐渡島という那智から遠く離れた地に伝わっていることもたいへん興味深い。さらに、後述するようにその図像描写を見ると、それぞれ同一工房の作と推定される作例が存在し、参詣曼荼羅研究においても貴重な作品である。本報告では、それら2作品の概要、図像描写の特徴を述べ、参詣曼荼羅工房との関わりなどを考えてみたい。2.佐渡に伝わる二つの那智参詣曼荼羅現在、佐渡には2幅の那智参詣曼荼羅が伝わっている。一つは後藤家所蔵本(佐渡博物館寄託、佐渡市指定文化財、以下後藤家本〔図1〕)、もう一つは相川郷土博物館所蔵本(以下相川郷土博本〔図2〕)である。両作品については、根井浄氏・山本殖生氏が熊野比丘尼関係資料として取り上げており(注2)、伝来関係などについて述べているが、絵画としてはいまだ詳細な研究はなされていないといえる。まず、那智参詣曼荼羅の基本構成を確認しておこう(注3)。先述のように那智参― 537 ― 参詣曼荼羅における工房分類と図像描写に関する調査研究
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