数描かれている〔図6〕。顔貌や衣文の処理までも同一の表現である。また、自然景描写(樹木・岩・波の表現)に関しても描き方は酷似している〔図7、8〕。さらに、全体の共通点として、明るい緑を多用する点が挙げられる。堂舎の正面中央入口や壁面、基壇、針葉樹の葉部分、人物の着物などに緑が使われており、他の参詣曼荼羅では、濁ったやや暗い緑が使われる傾向があるのに比して際立った特徴といえよう。このように、両者の図像やその描法は極めて近く、同工房での制作と考えてよいだろう。ただ子細に見ると、後藤家本では、右下最初の関所脇建物内の人物が双六に興じている場面がそれと分かるようにはっきり描かれていたり、浜宮前の堂が舞台形式になっていたり、人物の位置が入れ替わっていたりと違いも見られる。また、参詣道の最初の橋(二の瀬橋)を渡った水垢離場面において、後藤家本では川に降りる階段が明確に描かれるのに対し、國學院大図掛幅本では、その部分に絵の具が塗られ、通常の川縁と同一化されてしまっており、後藤家本の方がより原本に忠実に描かれているように思われる。ところで、これまで複数の作例が確認された参詣曼荼羅の制作工房は、下記の通り、四つ指摘されている(注9)。工房Ⅰ 那智(闘鶏神社本、武久家本)、八坂法観寺、施福寺(白地本)、善峰寺、 成相寺、道脇寺工房Ⅱ 紀三井寺、那智(吉田家本)、伊勢(神宮徴古館本)、清水寺(清水寺本、 個人本)、東観音寺工房Ⅲ 三鈷寺、長命寺(個人本、長命寺本)工房Ⅳ 善光寺、明要寺後藤家本と國學院大図掛幅本の工房の描写は、人物描写や水波の表現などを見ると、これらの工房のそれとは異なり、また別の工房であると考えられる(注10)。今後、より一層多くの作品調査を行う過程で同工房と判定できるものが増えると思われるが、これを「工房Ⅴ」と定義しておきたい。2)「那智参詣曼荼羅」(相川郷土博物館蔵)について相川郷土博本も、掛幅で紙本著色、法量縦152.7cm×横173.2cm。紙継ぎ位置は、縦5段×横4列でほぼ整列しており〔図9〕、一紙あたり縦34.8cm×横49.6cm程度の紙を用いている。後藤家本と同様、軸装前は折り畳んで保管されていたとみられ、折り畳み線は、縦方向に4本、横方向に7本を数える〔図10〕。折り畳んだ場合は縦20.5cm×横34cm前後の大きさになるとみられる。本紙には目立つ欠紙や補筆部分が― 540 ―
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