鹿島美術研究 年報第30号別冊(2013)
600/625

受付、顔合わせ、20日、21日は討論会、22日は仏教美術見学会であった。参加者には、中国の敦煌研究の第一線の研究機関である敦煌研究院の院長である樊錦詩氏、同研究院考古研究所所長の劉永増氏、蘭州大学敦煌研究所の所長鄭炳林氏、UNESCO北京事務所の社暁帆氏、台湾の国立故宮博物院の陳階晋氏、東京文化財研究所前副所長の中野照男氏、京都大学人文科学研究所の稲本泰生氏など錚々たるメンバーが名を連ねた。討論会は2日間行ったが、この間に日本、中国、台湾の3カ国の実に22名もの学者がそれぞれの最新成果を持ち寄って発表した。発表内容は、討論会1日目(19日)は主として西域(現新疆ウイグル自治区)と敦煌の美術作品に関するもの、2日目(20日)はシルクロードを通して伝わった他地域からの影響下で制作された作品、またその関連史料に関するものとした。主催者だけでなく参加者全員が能動的に行動してくれたこともあり、討論会は終始滞りなく進行した。本討論会の特色は、次の3点に要約することができる。即ち、①日本において開催したシルクロード関連討論会であること、②多彩な発表内容から構成されたこと、③幅広い年齢層の研究者による発表が行われたこと、である。まず①の日本において開催したことの意義についてであるが、主催者側が考える本討論会開催の第一義はここにある。かつて敦煌をはじめとした敦煌やシルクロードに関する研究は欧米と日本が学会をリードしていた。欧米の学者にしろ、日本の学者にしろ、世に知られたばかりの敦煌等の地域の歴史遺産に関心を持つところの背景には、自国の文化や言語のルーツとその派生力への知的探究心が大きく存在していた。とりわけ日本人は、インドに起源を持ち、中国で大きく発展した仏教を実生活の基盤に持っており、東漸のルートとして仏教とも深い関わりを持つシルクロードには自己の起源、歩みを重ね、時として憧れをもってその古の姿に想像を膨らますのである。そのような中で、研究者の第二、第三世代も育っていったが、欧米に異なり、今日の日本ではかつての活況を見ることは叶わず、特にシルクロードの美術に関する研究は今にも消え入るような様相を呈している。その大きな原因の一つに20世紀初頭に彼の地で発見された大量の文物が日本には多くは所蔵されておらず、研究が萌芽、熟成の一定の過程を経た後に、新たな角度から研究を進めていく上での材料に欠けており、そこに価値を見出しにくいことにある。しかし、やはりアジア諸国の文化やそれを結ぶルートは日本文化の基礎として切り離せないものであり、それらに関する研究が進展しないことは、日本文化研究自体の地盤沈下につながりかねないのである。近年、中国内地や新疆ウィグル自治区では盛んに発掘作業が進められ、東西交易を― 588 ―

元のページ  ../index.html#600

このブックを見る